表題番号:2011A-608 日付:2013/04/02
研究課題富士山を利用した越境汚染観測:高時間能型大気採取システムの開発
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 理工学術院 教授 大河内 博
(連携研究者) 徳島大学大学院 ヘルスバイオサイエンス研究部 准教授 竹内政樹
研究成果概要
 本研究では,富士山を「越境大気汚染(国境を越えて運ばれてくる大気汚染)監視塔」とみたて、経済発展の著しいアジア大陸から上空(自由対流圏)を運ばれてくる酸性ガスや粒子状酸性物質の自動連続観測とともに、雲の採取・分析を早稲田大学と徳島大学との共同研究で行った.

 自由対流圏とは、私達が普段生活している空気層(大気境界層)の上にある綺麗な空気層であり,およそ2kmから10kmの範囲である.通常,地上から放出された大気汚染物質は大気境界層に留まっていて,なかなか上空の自由対流圏に運ばれないが,雲の発生を伴うような激しい上昇気流が起こると,大気汚染物質も上空の自由対流圏に運ばれる.日本列島が位置する北半球中緯度帯の自由対流圏では,偏西風と呼ばれる強い西風が常に吹いている.偏西風は冬季に強く,夏季に弱くなるが,大気汚染物質がいったん自由対流圏まで上昇すると,夏季であっても地上より速く運ばれるので,越境大気汚染をいち早く知ることができる.

 本研究では,越境汚染物質として,特に酸性物質に着目した.酸性物質が地上に降り注ぐと,森林の立ち枯れを引き起こしたり,土壌を酸性化して有害な重金属が河川に流出し,河川や湖沼の水棲生物が住めなくなる.また,河川水や湖沼は私達の飲用水としても重要である.現在,日本国内の酸性物質排出量は減少しているが,国境を越えて酸性物質が運ばれてくれば,日本の自然環境を守ることはできない.そこで,上空のガス、粒子、雲の中の酸性物質を精密に分析して、大陸から酸性物質がどのような形態(ガス・粒子)でどれくらい運ばれてくるのか,それらが雲に取り込まれると雲水をどれくらい酸性化するのかを明らかにすることを本研究の目的とした.

 上空の空気は綺麗なので,地上で使用されている採取装置では,長時間に渡って空気を吸引する必要がある.このため、これまでの観測では時々刻々と変化する空気中のガスや粒子を追跡することができなかった.そこで,本研究課題では,徳島大学の竹内政樹准教授が開発した酸性ガス・粒子の高時間分解能型自動分析装置(ウェットデニューダー+イオンクロマトグラフ)を富士山頂と富士山麓に設置して観測を行った.これまでのフィルターパック法による観測では6時間を要したが,この装置では約15分毎に連続観測を行うこと可能であった.

 2011年には富士山麓で予備的な観測を行い,2012年には富士山頂と富士山麓で同時観測を行った.2012年7月14日から8月中旬までに膨大なデータ(3000以上)が得られたが,8月中旬以降には富士山頂,富士山山麓ともに流路内で目詰まりが起こった.データを取得できた7月中旬から8月中旬まで富士山頂で得られたデータについて,同時観測を行ったフィルターパック法によるSO2濃度,SO2計との比較を行った.フィルターパック法は時間分解能は悪いものの,市販のS02計と概ね同程度の値が得られたが,高時間分解能型自動分析装置では高めの値が得られた.現在,この原因について検討を行っているが,装置内のバックグランドの上昇の可能性が考えられた.絶対値についてはずれがあるものの,高時間分解能型自動分析装置とSo2計による変動は概ね一致していた.

 高時間分解能型自動分析装置ではSO2以外にも,HNO3,HClの観測を行うことができたが,自由対流圏において酸性ガス濃度を1ヶ月以上に渡って自動連続観測した例は世界的にも例がなく,本課題の大きな成果と言える.今後は,酸性ガスに加えて水溶性エアロゾルとの同時観測を行う予定である.