表題番号:2011A-091 日付:2012/04/13
研究課題一過性有酸素運動が閾下知覚での意思決定に及ぼす効果
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) スポーツ科学学術院 准教授 正木 宏明
研究成果概要
意思決定を伴う課題遂行では,意識的に提示刺激を処理し,判断し,適切な行動を選択する.その一方で,結果を予期させる情報資源に十分アクセスできない状況下では,意思決定がどのようになされるのかについては未だ解明されていない.閾値下で提供される情報を脳が情報処理できることは従来示唆されてきたものの,更なる実験的検証が必要である.
近年,脳内認知処理過程が有酸素運動の継続によって効率化することを示す証拠が数多く発見されている.有酸素運動によって心臓血管系機能が向上し,脳内に多くの血流を送り,脳由来神経栄養因子(Brain-derived neurotrophic factor: BDNF)を活性化させることが認知機能を向上させる一因と解釈されている.有酸素運動に伴う脳機能改善は,脳波の事象関連電位(event-related potential: ERP)を用いた研究によって強く支持されている.本研究では,閾値下で生じる強化学習についても,有酸素運動によってさらに促進するかについて検証することを目的とした.
従来の知見のなかには、cue刺激を閾値下で提示した結果,参加者はcue刺激を主観的に知覚できなかったにもかかわらず、金銭報酬を生む選択反応を学習することができた.しかしながら,これらの研究では刺激提示装置自体に問題があり,研究者の狙った精度で刺激を提示することは実際にはできていなかった可能性がある.
そこで,本研究では先ず,バックワードマスキング手続きによる閾値下刺激提示を行い,従来の知見の追試を試みた.より正確に閾値下提示ができるタキストスコープを用いて精査した結果,従来の報告にあるような学習効果は生じないことを確認した.
閾下知覚自体が不確実な現象であることから,第二実験では,課題を認知葛藤課題(フランカー課題,タスクスィッチング課題)とワーキングメモリ課題に変えて,一過性の有酸素運動の効果を検証することとした.実験は安静条件と運動条件からなり,安静条件では参加者に,30分間座位安静を取ってもらった.運動条件では,運動負荷試験によって得られたHRmaxを用いて各自の60%HRmaxの負荷(スピードおよび傾斜)でトレッドミル運動(歩行および走行)を30分間行ってもらった.条件終了後に3つの課題を遂行してもらい,脳波を測定した.その結果,いずれの課題でも,運動条件でパフォーマンスに改善が認められ,ERPのP3成分に潜時短縮や振幅増大が認められた.これらの結果は,一過性運動によって,刺激の判断処理速度が上がったことと,刺激へ向けられる注意量が増加したことを示している.本研究の結果から,習慣的な有酸素運動だけでなく,一過性の有酸素運動も認知機能を向上させるものと結論づけられた.