表題番号:2011A-082 日付:2013/05/08
研究課題刺激機能の評価に関する行動分析的アプローチ
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 人間科学学術院 専任講師 大月 友
研究成果概要
本研究の目的は,潜在的認知を測定するImplicit Association Test(IAT:Greenwald et al., 1998)が,人間の言語や認知の心理的機能を評価することが可能であるかどうか,行動分析的観点から検証することであった。

<研究1:IATで測定される潜在的認知が言語刺激間の同類関係を反映するか?>
 IATは多くの潜在的認知研究で用いられている方法論であるが,測定対象とされている“潜在的認知”とは一体どのような言語や認知の指標であるかについて,現時点で明確に示されていない。その理由のひとつは,IAT研究では潜在的認知を構成概念として操作的に定義しているため,定義が研究によって一貫していないからである(De Houwer, 2006)。そのため,研究1では行動分析的観点から,特定の学習手続きの結果としてどのようにIAT指標が変化するかを検討することで,IATで測定される潜在的認知の特徴を明らかにすることを目的とした。
 9名の大学生を対象として,無意味つづりを用いて同類・反対関係を実験的に形成し,その学習がIAT効果に反映されるか実験を行った。実験は3つのフェーズから成り立った。フェーズ1は,2つの任意の刺激(&&&&&&・%%%%%%)に対して,“同類”と“反対”の関係的文脈手がかりを確立させるための課題を実施した。フェーズ2は,4つの刺激同士の関係性(X1-A1-同類,X1-B1-同類,X1-A2-反対,X1-B2-反対)を確立するための関係訓練を実施した。この関係訓練を一定基準の正答率に達成するまで行い,その後,派生的刺激関係(A1-B1-同類,B1-A1-同類,A2-B2-同類,B2-A2-同類,A1-B2-反対,B2-A1-反対,A2-B1-反対,B1-A2-反対)の成立を確認するための課題を実施した。最後にフェーズ3として,関係訓練で形成された刺激クラス同士の関係性に基づき,それと一致するカテゴリー分けをする試行(A1-B1=D key:A2-B2=K key)と,一致しないカテゴリー分けをする試行(A1-B2=D key:A2-B1=K key)を設定したIATを実施した。
 実験の結果,9名中5名はフェーズ2において,派生的刺激関係を成立させることができず,フェーズ3のIATを実施できなかった。また,IATを実施した4名の中で,関係訓練で確立された刺激関係と一致するIAT効果が示された者は1名のみであった。本研究で用いられた関係的文脈手がかりの課題と関係訓練は,先行研究において派生的刺激関係の成立に効果的な学習手続きであるとされている(Dymond et al,, 2007)。本研究では多くの実験参加者において派生的刺激関係の成立が確認されなかったのは,実験参加者が使用している言語による違いの可能性が考えられる。これまでの先行研究は,英語圏の文化で実施された者がほとんどであり,今回の実験の結果から,日本語を使用する個人を対象とした場合,その手続きが妥当でない可能性が示唆された。そのため,関係的文脈手がかりの課題と関係訓練を見直す必要があると考えられた。また,本研究において派生的刺激関係の成立させた4名の中で,1名にしかIAT効果が示されなかったことは,その原因は2通り考えられる。まず1つ目は,IATで測定される潜在的認知が同類の言語関係とは異なる側面を測定しているという可能性である。これまでの先行研究では,関係訓練により形成される同類関係ではなく,Matching-To-Sample(MTS)と言われる手続きで形成される等価関係がIAT効果に反映されることが明らかにされている。本研究の結果は,同類関係と等価関係に,何らかの違いが含まれる可能性を示唆するものと考えられる。次に2つ目は,今回の関係訓練そのものの手続きに問題があったという可能性である。先述したとおり,今回の関係的文脈手がかりの課題と関係訓練の通過率は,欧米の実験報告と比較して明らかに低いものであった。そのため,使用する言語による違いが反映された可能性が考えられる。現時点では,このどちらの可能性が主要な原因となっているかは定かではないため,日本語文化圏における関係的文脈手がかりの課題と関係訓練の手続きの妥当性をさらに検証する必要があると考えられる。

<研究2:関係的文脈手がかりの課題と関係訓練の妥当性の検討>
 日本語を使用する個人にとって,欧米で開発された関係的文脈手がかりの課題と関係訓練が,派生的刺激関係を確立させるのに有用な手続きであるかどうか検証することを目的とした。
 41名の大学生を対象として,研究1のフェーズ1・2と同じ関係的文脈手がかりの課題と関係訓練を実施した。実験の結果,関係訓練によって派生的刺激関係の成立が確認されたのは23名(56%),派生的刺激関係が成立できなかったのは18名(44%)であった。Dymond et al.(2007)では,89%の参加者が派生的刺激関係を成立させていることと比較すると,明らかに低い達成率であることが明らかになった。一方,同じ手続きを実施しているO’Hora et al.(2008)では56%の達成率を報告しており,本研究と同程度の結果であった。このことに関して,2つの研究の共同研究者であるBarnes-Holmes博士に問い合わせたところ,Dymond et al.(2007)の実験参加者はすべてネイティブの英語使用者であるのに対して,O’Hora et al.(2008)の実験参加者にはネイティブではない者も含まれているとの回答を得た。そのため,既存の手続きは英語使用者にとって適したものであるが,それ以外の言語を用いるものにとって適さない可能性がある。これは,それぞれの言語体系において,関係的文脈手がかりの用い方が,文法上大きく異なるからであると考えられる。この点に関して,今後さらなる研究が必要であると考えられる。