表題番号:2010B-048 日付:2012/03/08
研究課題日本近代における「歴史小説・時代小説」の成立と展開の総合的研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 教授 高橋 敏夫
研究成果概要
時代小説ブームが永く、静かにつづいている。このブームがいつはじまったか、はっきりしない。しかし、わたしの印象では、一九九〇年代初期、兆しはすでにあった。「失われた十年」へ時代が滑落しだす頃である。五味康祐と柴田錬三郎の剣豪小説ブーム(一九五〇年代後半)、山田風太郎らの忍法小説ブーム(六〇年前後)。そして、井上靖や司馬遼太郎らの歴史小説ブーム(六〇年代初め~七〇年代初め)に連なるこの戦後最長のブームには、いくつかの特徴がみてとれる。まず巨匠たちの次々の死を発条にした逆説的なありようである。訃報は隆慶一郎の一九八九年にはじまり、九〇年の池波正太郎、九二年の松本清張へ。九六年には結城昌治、司馬遼太郎、翌年に藤沢周平と連続し、二〇〇一年の山田風太郎、〇二年の笹沢佐保。さらに〇六年は吉村昭、〇七年には城山三郎が亡くなる。巨匠たちの死は他方で読者に、大方が戦後生まれの中堅たちをあらためて注目させた。さらに、それまでの重石がとれるように、さまざまなメディア、ジャンルとの交叉もさかんになり、そこから新しい才能がとびだしてくる。ミステリーから宮部みゆき、ホラーからは京極夏彦が、現代小説から騒動屋の町田康、児童文学からはあさのあつこが、また、畠中恵や和田竜も登場した。そしてブームのなかで、森鴎外のエッセイ「歴史其儘と歴史離れ」(一九一五)に倣っていえば、創成期から対立関係にあった「歴史其儘」の歴史小説と「歴史離れ」の時代小説は、「時代小説」と総称されるようになった。ここには、戦後に方向を与えていた「歴史」が停滞し、動かなくなる一九九〇年代以降の時代が深く関っていよう。これまでの「歴史」に寄りかからず、新たな道筋を驚異の創意と大胆な構想で示すこと。こんな試みの一端に、ファンタジーまで呼びこむ自由自在な時代小説が参加しているのではないか。
今回の研究には三本の柱がある。
一は、戦後の歴史・時代小説ブームの概観。
二は、勉誠出版での企画『座談会 歴史・時代小説――成立から現在まで』の準備作業。
三は、早稲田大学国際日本文学・文化研究所主催の国際シンポジウム「越境する歴史×時代小説 ジャンルの混交、研究のグローバル化」にむけての準備(2010年11月13日に開催され、総合司会を務めた)
四は、ここ5年にわたって続けている最新刊の時代小説の批評である。雑誌「グラフィケーション」(富士ゼロックス発行)を主に、多くの雑誌・週刊誌・新聞で展開中である。