表題番号:2010A-832 日付:2011/04/04
研究課題「海の人事録」にみる近代オスマン帝国社会の変容
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 教育・総合科学学術院 教授 小松 香織
研究成果概要
本研究は、オスマン帝国後期の海軍や海運など海事にたずさわった人々の出自(民族、宗教、出身地、社会階層等)を新たに発掘した人事関係等の史料を分析することにより明らかにし、近代オスマン帝国社会構造とその変容を「ヒト」を核として見直そうと試みるもので、同時に、こうした作業を通して当該史料のオスマン帝国社会経済史研究史料としての重要性を提示することも目的としている。すでにこの研究は平成20年度より、科学研究費補助金(基盤研究(C))の同テーマの研究において進めており、本研究はこれまでの研究成果をさらに促進することを目指すものである。
 具体的な研究活動としては、トルコ共和国イスタンブルにおいて、同国総理府オスマン朝文書館、海軍博物館付属歴史文書館、トルコ海運公社史料室、アタテュルク図書館の所蔵する一次史料の調査と、収集した文献・史料を整理し、データ・ベース化すること、およびその分析、考察を行った。とくに重点を置いたのが、トルコ海運公社の所蔵する19世紀末から20世紀初頭にかけてオスマン帝国官営汽船会社に雇用された人々の人事記録である。この史料は主に二つあり、一つは給与支払簿、もう一つは個人人事記録簿である。給与支払簿は長期間にわたるので、本研究では『特別局給与台帳』に限定し、さらにその中から全134冊にうちの40冊余りを取り上げて、そこに記載された情報について、汽船の乗組員の出身地に関する統計をとり、分析を行った。人事記録簿についてはデジタルカメラによる撮影を行ったが、完了するには至らず、再調査が必要である。
 以上の調査の結果、データ・ベースの構築が完了した『特別局給与台帳』について、一定の結論を導き出すことができた。時期的な変動はあるものの、19世紀末から20世紀初頭(スルタン・アブデュルハミト2世の治世期(1876-1909))官営汽船の乗組員の約半数を黒海沿岸地域出身者が占めていたことがわかった。このことは、オスマン帝国がギリシアの独立によって大量に失った海上活動の担い手であるルーム(ギリシア系臣民)の人材を埋めたのが黒海沿岸地域の人々であったことを示すものであり、当該地域の後期オスマン帝国社会における重要性の一端が明らかとなった。