表題番号:2010A-809 日付:2011/06/23
研究課題EU市民権の再結成―リスボン条約以後のEU憲法理論を探る―
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 法学学術院 教授 中村 民雄
研究成果概要
 課題名は、正確には、「EU市民権の再構成-リスボン条約以後のEU憲法理論を探る―」である。
 この研究は、EU法上の権利をもつ主体が、かつて経済活動に携わるEU諸国民に限定されていた時代(1980年代末まで)との対比で、経済活動に携わらないEU諸国民(EU市民)に拡大している2000年代のEUについて、その法の変化を実証的に示し、そのうえで、EUの法秩序をEU各国の憲法秩序と整合的に理解し説明する理論を求めるものである。
2010年度の研究では、とくに実証面に力を入れた。切り口として、①EU域内の移動・居住の自由の享受主体が経済活動をするEU市民(広義の労働者)だけでなく、経済活動をしないEU市民にまで果たして拡がったかどうか。②EU市民の移動先の国(受入国)での内国民待遇の適用対象事項がどれほど拡大したか。この二点を設けて、①と②に関連するEU裁判所の判例を収集し、直近3年間の諸判例のうち、重要な二件について掘り下げた判例評釈を書いた。その二件とは、求職者(経済活動に従事したいができていない人)と学生(これから経済活動に従事するであろう人)の移動・居住権への制約の有無、そして受入国での内国民待遇をとくに社会保障給付や国立大学での教育機会付与について得られるかという点がEU裁判所により検討されたものである。暫定的な結論は、いまだにEU法は、経済活動に従事するEU市民についての移動・居住権と受入国での社会的利益の内国民待遇を広く認めるが、経済活動に従事していないEU市民については、広くは認めず、EU各国の公的規制権限を容認する傾向が強い、というものである。
他方、理論面の研究の端緒をつかむために、2010年6月29日から7月1日まで開催されたロンドン大学高等法学院の研究会(Comparative Perspectives on Constitutions: Theory and Practice)に参加した。この研究会において、オランダ・ライデン大学のウィム・フォールマンス教授から、リスボン条約によるEU条約の改正といった明白な憲法形成だけでなく、EUの機関間での実務慣行(とくに欧州議会と閣僚理事会の間の共同立法手続での早期合意の形成)から「隠れた憲法(Covert Constitutions)」が形成され、これのほうが明文の条約改正よりも実際には大きな意味をもつとの報告を受け、EUの憲法理論を構築するうえで有益な視点を得た。