表題番号:2010A-602 日付:2012/04/04
研究課題新出"上博楚簡"による楚王故事の研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 教授 工藤 元男
研究成果概要
 本研究は近年注目されている「上博楚簡」所収の楚王故事(春秋・戦国時代の楚王に関する故事・説話)、すなわち「昭王毀室」・「昭王与龔之宣」・「柬大王泊旱」を主たる材料として、①「昭王毀室」以下の諸篇(楚王故事諸篇)に対して詳細な訳注を完成し、②それらを伝世文献の内容と比較分析し、③こうした作業を通じて、『左伝』等の伝世文献が巷間に流布していた楚王故事をどのようにしてそれぞれの中に編入していったか、その編集過程の一端を究明することで、④『左伝』・『国語』・『史記』に収められた伝世文献の楚王故事の史料的性格、および出土文字資料としての楚王故事の間の異同を検証し、いったい“史実とは何か”という歴史学上の根本問題を検討するものである。
 2010年度・2011年度では、①楚王故事諸篇の訳注を行い、②その作業の過程で併せて伝世文献の内容と比較分析を行った。ところがこの研究期間、清華大学出土文献研究与保護中心編・李学勤主編『清華大学蔵戦国竹簡(壹)』(中西書局、2010年12月)所収の「楚居」が公刊されたことで、当該研究は新たな局面を迎えることになった。このいわゆる清華簡とは、2009年4月25日、中国清華大学の卒業生が海外で購入して、昨年7月に同大に寄贈した戦国中・晩期の2300枚余りの竹簡のことで、この中に上代古典籍を代表する『尚書』等の典籍が含まれていたことで世界の耳目を集めた。現在、それは第二集まで公刊されている。その第一集の中に「楚居」篇が含まれていたのである。「楚居」篇とは楚国の君主季連から楚悼王までの23人の楚公・楚王の居所・遷徙について述べた新資料であり、その内容は『世本』の居篇と類似するところもあるが、多くは伝世文献の記事と異なる新資料である。したがって、今後はこの「楚居」篇も考察に加えた③~④の分析をする必要となっている。
 ちなみに、近年の中国古典籍研究において戦国楚簡が第一級の資料的価値を提供しており、儒家・道家等の古典籍い対する根本的な見直し作業が行われているが、その楚簡の中に楚の地域性や楚国史を反映するものはきわめて少ない。その意味で上博楚簡の「昭王毀室」等は楚王故事を伝える貴重な資料となっているが、そのような故事以外の楚に関する資料もまたほとんど発見されていなかったのである。その意味で、「楚居」篇は誠に貴重な楚簡新資料となっている。今後は上博楚簡とこの清華簡史料を重ねて分析することで、当初の研究目的を一層高次のものへ展開し、論文化したいと思う。