表題番号:2010A-092 日付:2011/04/02
研究課題アスリートの随意運動準備過程に関する神経生理学的アプローチ
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) スポーツ科学学術院 教授 彼末 一之
(連携研究者) スポーツ科学学術院 助教 中田大貴
(連携研究者) スポーツ科学学術院 助教 坂本 将基
研究成果概要
 多くのスポーツでは「脳機能の優劣がパフォーマンスを決める」と考えられる。競技者は短時間に様々な判断をしなくてはならず、複雑な神経動作が瞬時に遂行されていると考えられる。そのため、素早くかつ正確な動作を行うためには、あらかじめ運動の準備が必要であり、大きく分けて2種類の運動準備過程があると考えられる。1つは「自発性運動の準備」である。例えば、ゴルフや体操のように、外部刺激にはよらず、自分のタイミングで動作の準備を行う動作のことである。もう1つが「刺激始動性運動の準備」で陸上競技のスタート時のような準備動作である。このような運動準備は、長年のトレーニングによって上達し、また運動準備を司る中枢神経系においても可塑的変化が生じる、と推察される。脳内の随意運動の準備過程を客観的に評価するために、脳波を記録し、運動関連脳電位(Movement-related cortical potentials: MRCPs)の活動様態を検討することがこれまでに行われている。運動関連脳電位とは、自発性動作に先行して約1.5秒前から記録される、陰性緩電位のことである。本研究では、アスリートにおける運動関連脳電位の特性を明らかにすることを目的とし、実験対象を陸上選手短距離選手、野球経験者、一般成人で全員男性とした。被験者は20~29歳(平均23.4歳)の健康成人男性31名(野球経験者9名、陸上短距離種目経験者12名、一般成人10名)であった。被験者は、安楽椅子に腰を掛け安静開眼状態で、2つの実験課題、①右手第III指(中指)伸展動作、②左手第III指(中指)伸展動作行った。2つの課題は約7秒に1回のセルフペースでそれぞれ80回行った。脳波の記録は国際10-20法に準じてFz、Cz、Pz、C3、C4の5部位に電極を配置し、基準電極を両耳朶とした。左右手第III指(中指)の伸展動作を計測するために、左右の総指伸筋の活動を記録した。運動関連脳電位の全平均波形の様態として、野球経験者は右手指動作課題では振幅が大きいのに対して、左手指動作課題では、特にC4、Pzで振幅が小さくなっていた。右手指動作課題に注目してみると、陸上経験者の振幅が小さくなっていた。運動関連脳電位のそれぞれの成分(Bereitschaftspotential: BP, Negativity Slope: NS’, Motor potential: MP)における振幅について、陸上選手短距離選手(経験者)、野球選手(経験者)、一般成人の間で統計的に有意差はなかったが、先行研究でも統一した見解は得られていない。Hatta et al (2009)は、BPとNS’の振幅は、剣道の選手と一般成人群は変わらないという結果が出ている。しかし、MPは剣道選手の方が一般成人よりも統計的に有意に振幅が大きい、としている。本実験は有意差こそ無かったが、振幅が野球経験者で大きくなる傾向があり、Hatta et alの結果を支持するものと考えられる。