表題番号:2010A-087 日付:2012/11/06
研究課題精神障害者の受療に関する意志決定と家族支援に関する研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 人間科学学術院 准教授 岩崎 香
研究成果概要
日本の精神科医療の立ち遅れはこれまでも国際的な批判に晒されてきた。しかし、精神保健福祉法には、保護者に治療を受けさせる義務(外来・任意入院を除く)が定められており、未だに病を否認し、医療にうまくアクセスできない人たちの受療に関して、家族に重い責任を負わせ続けている。これまでの研究において、強制入院させる必要がある場合、都市部では民間移送業者が多用されている実態、医療機関のソーシャルワーカーたちは保健所等を紹介するに留まり、積極的な役割を果たせないでいることなどが指摘されている。2000年からは精神科病院に移送を行う制度(精神保健福祉法第34条:以下34条とする)が創設された。しかし、その運用は進んでおらず、家族の負担が軽減されているわけではない。そこで、本研究では、移送制度、家族の相談窓口でもある保健所の精神保健福祉業務担当者を対象に調査を実施し、移送制度、民間移送業者の利用実態から今後の本人・家族支援の在り方を探ることを目的とした。 2011年1月から2月にかけて、全国の保健所(494ヶ所)に配属されている精神保健福祉業務担当を対象とした質問紙調査を実施し、270名から回答が得られた(回収率:54.7%)。その結果、2009年度に34条を適用したか否かという設問に関しては、「適用した」が23名(8.5%)、「適用しなかった」が241名(89.3%)という結果であり、先行研究と同様、十分に活用されていないことが明らかとなった。適用した事例は54事例で、その理由としては「家族による受診のはたらきかけが困難」が最も多く全体の約4割を占めていた。相談は受けていたが、34条の適用に至らなかった事例も51事例あり、その理由としては、「家族や関係機関が移送した」(42.0%)が1位であった。いずれにしても家族が患者本人の代わりに意思決定を行わざるを得ない状況下にあり、制度が機能していないことから、「見直しが必要」という意見が回答者の66.7%を占めていた。手段がないことから、都市部では家族が民間移送業者を依頼する事例も多いが、今回の調査では民間移送業者を活用しているという回答は12.2%であり、全国的にみると50.7%が「業者がいない」と回答していた。また、人権上問題があることを指摘する意見も多かった。では、その他の精神保健福祉業務担当者が困難を抱える家族にどう対応しているかというと、「本人へのアプローチの仕方をアドバイスする」(58.4%)「家族が連れていかなければならない旨を伝え、説得する」(52.4%)「家族が病院に相談するよう伝える」(52.3%)という対応に留まっていた。医療機関等とのネットワークが機能していないこと、現状のシステムでは対応に限界があるという指摘も多かった。
 人権が脅かされる精神障害者や疲弊した家族に、福祉専門職として如何にかかわるかということは古くて新しい実践的課題である。現在障害者の制度改革が進められているが、平行して医療分野でも見直今以上に充実することが望まれる。また、関連職種・機関が連携し、協働できる新たなシステムの構築に向けて、議論が積み上げられていく必要があると考える。