表題番号:2009B-343 日付:2010/04/05
研究課題朝陽三燕墳墓・出土文物による3~5世紀の遼西地域の研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 本庄高等学院 教諭 三崎 良章
研究成果概要
 本研究の目的は、文献資料研究や墓室画像研究で得られた成果の上に立って、壁画墓を始めとする3~5世紀の朝陽の諸墳墓の構造や立地状況、墳墓及びその他の遺跡から出土した文物等を総合的に検討し、三燕諸国が興亡した3~5世紀の遼西地域の社会状況、鮮卑族と漢族の共生、交流の実態を明らかにすることにあった。
 具体的な作業としては、まず『文物』『考古』『遼海文物学刊』等の学術雑誌や『青果集』『遼寧考古文集』等の論文集に発表された発掘簡報等を利用して、3~5世紀の三燕墳墓、出土文物のデータベースを構築した。その後、遼西博物館長の尚暁波氏と発掘調査に直接関わった孫国平氏の協力を得て、崔遹墓、大平房村壁画墓、北廟1号墓、奉車都尉墓の現状を調査し、また遼西博物館所蔵の奉車都尉墓出土文物(奉車都尉銀印、銅帯鉤、銀釵状飾件等)の実見調査を行なった。特に孫国平氏は現存の考古学者で朝陽の発掘調査に最も早くから関わった人物であり、朝陽の三燕墳墓、出土文物について貴重な情報を得ることができた。
 そうした作業の結果、朝陽における鮮卑慕容部の要素が強い北廟1号墓と漢族の文化要素が色濃く反映されている崔遹墓、大平房村壁画墓、奉車都尉墓の関係、首都龍城を中心に広範囲に広がる三燕政権の遼西支配の構造についての見通しを得ることができた。また遼西の地域性をさらに明確にするためには慕容部や漢族に留まらず、鮮卑拓跋部や烏桓族、高句麗族等の状況を再検討する必要性を強く認識するに至った。
 本研究の成果を踏まえ、2010年度は調査範囲を朝陽から拡大し、内蒙古自治区の通遼、呼倫貝爾等の遺跡調査を計画している。なお本研究の成果は、2010年度に順次論文等で発表する予定である。