表題番号:2009B-277 日付:2010/04/07
研究課題アルザス地方における奉納慣行の歴史人類学的研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 人間科学学術院 教授 蔵持 不三也
研究成果概要
 奉納画とはさまざまな生活上の不安や困難から聖母や聖人たちが救ってくれたことに感謝して、信者が教会や聖堂に捧げるものである。本研究の目的は、アルザス地方南部(haut-Rhin)県の巡礼地テェイレンバック(Thierenbach)教会内壁に飾られた奉納画(ex-voto)の歴史人類学的調査・分析で、実地調査は2009年12月中旬、3回に分けて行われた。小村の外れに立つ同教会の奉納画は、地方にありながらその数の多さで知られ、地元新聞社によるVTRも制作されている。ただ、これに関する先行研究はまだ見つかっていない。本研究では、1890年代から1970年代までに描かれた約250点のこれら奉納画すべてを写真撮影し、以下のような基準で分類している。

 ①奉納(製作)年代と点数
 ②主題:疾病・事故・出征・出産・死亡・爆撃・火災・落雷など
 ③様式:奉納画サイズ・聖母の表現・画面構成
 ④奉納者
 ⑤奉納画に記された聖母への謝辞表現

 分類・分析はまだ終わっていないが、興味深いことに、1950年頃を境にして、それまで画面の中央に描かれていた聖母(子)像の多くが、上端の左右いずれかに移り、中央部の主画面を奉納主題が占めるようになっている。また、やはりこの時期からはそれまでの疾病や出産・死亡などが中心だった主題に、事故、とくに交通事故が数多く登場するという変化がみられる。こうした変化が地域住民たちの生活と密接に結びついていることは疑いえないが、そこには同時に信仰のありようの一端もみてとれる。私は2010年2月に南仏マルセイユのノートル=ダム=ド=ラ=ガルド大聖堂の膨大な奉納画調査も行っており、双方の奉納画の比較研究によって、この分野での新たな貢献をしたいと念じている。