表題番号:2009B-235 日付:2013/05/21
研究課題10ギガビット次世代空間光通信システムの伝送特性評価
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 理工学術院 教授 松本 充司
研究成果概要
大気中を伝搬路として通信する光無線システムには,さまざまな伝送損失の要因が存在する.まず問題になるのは,伝搬路上に生じる霧や降雨等による減衰である.さらに,レーザ光が大気中を伝搬する際には,大気の局所的な屈折率変化によって位相ゆらぎを受け,これが受信レーザ光の強度変化(シンチレーション)や到来角変動となって現れる.安定した全光接続を実現するためには,これらの結果として生じる受信信号光の変動を抑圧することが重要となる.

大気温度の時間変動は数10Hzの比較的早い変動成分を持っており,この温度変化に伴う屈折率の変動は3×10-4程度の小さなものであるが,屈折率揺らぎの中を透過してきたレーザ光には数波長程度の波面(位相)揺らぎが生じる場合があり,ビーム遠方界では大きなシンチレーションが発生する.このランダムな屈折率ゆらぎの分散を決めるパラメータを屈折率構造関数Cn2と呼ぶ.この屈折率構造関数Cn2値をもとに,波長1.55μm,直径4cmのガウスビームを距離1kmにわたって伝送したときのビーム軸上でのシンチレーションインデックスの最大値と最小値を,大気ゆらぎが小さいとした摂動関数による近似理論で計算した.ここでシンチレーションインデックスとは,規格化された変動の分散を示す量である.
 大気ゆらぎの影響を補償するための精追尾機構を用いたフル光接続光無線装置は,従来の光無線装置では実現できなかった10Gbps伝送やWDM伝送を安定的に実現できることを示した.しかし,強いゆらぎが生じている環境下では,本装置で想定した以上のフェージングが生じている状況があり,その場合,受信信号光強度の低下によるバーストエラーの発生増加が計測結果に現れた.今後このような強いゆらぎの環境下でも安定な信号伝送を実現するためには,追尾サーボ系について,より一層の性能向上が必要となる.また,大気揺らぎと適用距離に関する回線設計手法の検討も重要となる.

 自由空間と光ファイバ網との間で光信号を何ら変換すること無く透過的に接続する次世代の光無線システム技術について検討し,空間光をSMFへ安定して導光するため重要となる大気ゆらぎの特性とそれによる影響を抑圧するための高速高精度追尾システムを搭載した光無線装置を開発し,長期フィールド実験によって評価した.
従来実用化されている光無線システムでは実現できなかったDWDM通信や10Gbps通信が実現可能であることを示し,基礎的実験レベルに留まっていた空間とSMFを直接接続する,光・電気変換を伴わない光無線システムを安定的に動作させることができることを示した.長期実験を通じて得られた結果は,フル光接続による次世代光無線システムがビットレートや伝送プロトコルに依存しないファイバと等価な伝送路の提供を可能とし,さらに,種々の無線サービスの提供も可能とする,統合型光無線(Radio on FSO)システムの実現の可能性を示すことができた.