表題番号:2009B-212 日付:2010/03/25
研究課題次世代癌研究ツールとしてのイン・シリコ癌シミュレーターの開発
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 理工学術院 教授 常田 聡
(連携研究者) ナノ理工学研究機構 客員講師(専任扱い) 加川 友己
研究成果概要
 本研究は、システム工学的アプローチで医学研究を推進する「システム医工学」という新しい概念を癌研究に適用し、現在進行的に入手可能な、癌に対する実験・観察事実をコンピュータ上に集約・再構成することで、発癌プロセスを統一的に理解するための新規方法論を確立・提案することを目的としている。具体的には大腸癌に焦点を絞り、(1)発癌の場となる大腸陰窩(いんか)のシミュレーションモデルの構築、およびそのモデルをベースとした(2)大腸癌における多段階発癌モデルの数理モデル化によって、発癌プロセスを統一的に理解する土台の構築を試みたが、時間的制約により(1)を中心とした研究を実施した。
 まず陰窩における細胞の増殖・分化の時空間構造を可視化するシミュレーションモデルを構築した。これは陰窩を底のある円筒で表現し、その円筒の展開図内で個々の細胞が独立に増殖・分化していくモデルであり、個体ベースモデルのアルゴリズムを参考に構築した。次にヒト大腸陰窩において得られている pLIデータを再現するようなモデルパラメータセットの探索を行った。ここでpLI(positional Labeling Index)とは、ある短い時間間隔においてDNAを合成した細胞のみをBrdU等によってラベル化し、ラベル化された細胞の割合を陰窩の底からの位置の関数として求めたものであり、分裂細胞の空間配置を調べる手法として多用されている。本研究ではBrdU取り込み過程の計算機シミュレーションを行い、その結果得られる画像データ(ラベル化細胞の空間配置パターン)を多数取得し、それらの画像解析・統計処理を行うことでpLIデータを取得した。モデルパラメータ空間の各点において、これらシミュレーションを繰り返すことで、実験データに最も良くフィットするパラメータセットを見出すことに成功した。
 また、FAP(家族性大腸腺腫症;がん抑制遺伝子APCに変異がある)患者の陰窩で得られるpLIデータへのフィッティングも試みた。その結果、FAP患者の陰窩では幹細胞数、分化するまでの世代数、幹細胞周期が正常陰窩に比べ増大していることが、本モデルから予測された。