表題番号:2009B-048 日付:2010/04/13
研究課題近代文学における「風景表象」と文体の相関
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 教授 中島 国彦
研究成果概要
 「風景表象」という概念を使って、日本の近代文学に含まれる問題を考察して来ているが、その理論的根拠を確立するための西洋文献の収集、これまでの研究動向の把握に改めて心がけた。論文化された具体的なテーマとしては、まず、①大正期の作家水野葉舟の日記の分析、②それと同時期の佐藤春夫・永井荷風の「風景表象」としての植物への眼の考察、が挙げられる。この2点を論文化しつつ、さらに多くの文学者の営為を視野に入れた研究を心がけた。
 ①日本近代文学館が所蔵する大正期の水野葉舟の日記を閲覧する機会を得たので、その一部を翻刻しつつ、そこに含まれた問題を跡付けた。とくに注意したのは、日記にうかがわれる東京郊外の自然への文学者への眼である。そこには、友人高村光太郎を経由してロダンの芸術論の投影が感じられ、それは「mouvement」というキーワードに如実に現われている。作品をあまり発表しなくなった葉舟だが、その背景に新たな文学動向の吸収や自己の内面への凝視が存在し、それが断片的に書かれた当時の日記にうかがえることを分析した。
 ②大正半ば、1920年前後には、何人もの文学者に共通する芸術体験・表現の模索がうかがえる。①を発展させる過程で、それが文学者の「植物表象」とも言える、植物への関心・造形にあることに気づき、その点を分析した。従来の作家別・文学史的記述ではうかがえない時代の芸術環境を跡付けるのは、この研究の要点の一つである。今回、葉舟を経由し、永井荷風・佐藤春夫のなかに、同じ芸術的感性、その表現構造が見られることを論証した。今年度に、その芸術環境の一つとして「植物表象」とでも言いうる概念を定立出来たのは成果と考えている。
 そのほか、今後の科研費申請に連動した、将来論文化できるテーマの準備を進めて、資料の収集に当たった。