表題番号:2009B-047 日付:2010/04/05
研究課題中世フランス抒情詩における異本と異文-写本テクスト学とデジタル・アーカイヴ
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 教授 瀬戸 直彦
研究成果概要
 2009年度においては、中世フランス抒情詩における異本による異文を、マルカブリュ(12世紀前半)のテクストを中心にして考察する下準備を行った。
 南仏語(オック語)によるトルバドゥールの作品は,30近い写本テクストにおいて伝えられているが、そのすべての作品は、ピーター・リケッツ教授(ロンドン大学名誉教授)の手により、Concordance de l'occitan medieval(COM)という電子テクストにまとめられた。きわめて便利な試みであるが、テクスト自体は既存の校訂版によっている。それらは校訂の方針もまちまちであり、各写本の読みは,それぞれの校訂版にある異文欄(apparat critique)によらなければならない。しかもその異文がどのような方針のもとに収録されているかは、各校訂版によって違いがあり、必ずしもその情報が正確でない場合がある。したがって、テクストを精緻に解釈するためには,どうしても写本そのものにあたらなくてはならない。リケッツ教授も、もちろんそのことに気づいており、COMの第4巻において、各写本の読みをすべて収録しようと計画しておられるが、規模の壮大さと資金の欠如のために、第4巻は頓挫したままである。
 私は、マルカブリュという、内容的にも写本の言語の上でも、きわめて興味深いトルバドゥールについて、従来おこなわれてきた、その研究を概観し、今年度はとりあえず作品11(Belh m'es quan la rana chanta)をC写本のヴァージョンで読み解き、そのテクストの、他の写本によるテクストとの相違を検討してみた。2002年にイタリアで出版されたコロック(研究集会)において作品18を俎上にのぼせたが、本研究はその延長線上にあるものと自分自身ではとらえている。また、2009年には、マルカブリュの作品19につき、Le grondement de la montagne qui accouche d'une sourisというテーマにおいて、やはりC写本の他写本に比較して短いヴァージョンを校訂し、そのテクストについてC写本独自の部分を探ってみた。これは、パリ大学オック語文学研究所の紀要(La France Latine誌)に発表することができた。
 今後は、マルカブリュのテクストについて、写本の独自の読みとその言語的な特性を、よりコーパスを拡大して考察し、テクストのさらなる深い読みに至ることを目的として、研究を進めていくつもりである。