表題番号:2009B-036 日付:2010/03/31
研究課題中世兵糧の基礎的研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 准教授 久保 健一郎
研究成果概要
本研究では、日本中世における「兵糧」文言(「兵粮」も含む)を有する史料(以下、「兵糧」史料とする)を収集して兵糧の存在形態、地理的特徴、時期的変遷を追究し、戦争論・社会経済史の発展に寄与することを目的とする研究の一環として、中世後期東国の刊本史料から「兵糧」史料の収集、分析を行った。具体的には、東国の中でも研究者自身の収集作業がこれまで進んでいなかったところを中心とするため、『静岡県史』、『新潟県史』、『栃木県史』の各史・資料編、および『千葉県史料』からの収集となった。旧国名でいえば、駿河・遠江・伊豆・越後・佐渡・下野にほぼ相当する。結果、150例に及ぶ「兵糧」史料を得た。
 存在形態は後述することとして、地理的特徴からいうと、越後・佐渡は合わせて20例ほどに過ぎず、少なさが顕著である。また、時期的変遷からいうと、南北朝期と戦国期に多く、当然ながら戦争の頻発する時期に多いことが示されている。特に、越後・佐渡では前述した少ない事例が、しかも戦国末期といえる16世紀後半に集中している観がある。
 ついで、存在形態である。南北朝期には「兵粮料所」として見える事例が顕著であるが、これは小林一岳氏の研究で示された「戦費」としての兵糧にあてはまるものと思われる(小林『日本中世の一揆と戦争』、校倉書房、2001年)。すなわち、兵糧が交換手段ないし富として把握されているといえる(高橋典幸『鎌倉幕府軍制と御家人制』、吉川弘文館、2008年、も参照)。一方、戦国期には戦争において、兵糧が食糧として輸送・消費され、それをめぐる紛争も行われるとともに、交換手段・富としても把握・利用されている。
 以上のところからさらに考えられるのは、南北朝期と戦国期は同じ戦争の頻発する時期といっても、戦争の規模拡大などから実際の食糧としての需要がより大きくなるという点である。その一方で、兵糧がいずれの時期も交換手段ないし富としての機能を果たしているということは、流通・交通と兵糧との関係が少なくとも中世後期を通じて密接であり続けることを示唆する。これらは、研究者がこれまで収集・分析した相模・武蔵・上野等の事例とも共通するところが多い。地理的偏りをどのように位置づけるかは課題であるが、こうした成果は、冒頭に掲げた研究の一環として、今後に資するところ大であると考える。