表題番号:2009B-022 日付:2010/04/09
研究課題モダニズム/エグゾティシズム研究――文学・芸術における異化作用
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 法学学術院 教授 谷 昌親
研究成果概要
2009年度、最も力を入れておこなった研究は、フランスの詩人ロジェ・ジルベール=ルコント(1907-43)についてのものである。神秘思想を基盤にして独特の形而上学を練り上げ、その一種の実践として詩を書いたジルベール=ルコントは、誕生以前の状態やそれに類する状態、要するに理性的な主体が確立していない状態への一種の回帰を追い求め続けた。それは、論理的思考によって人間が孤立してしまう以前にはあったはずのさまざまな可能性を取り戻すことを意味し、そのために彼は、実験形而上学と称して、阿片の吸引も含め、あらゆる試みをおこなっている。ときには自己破壊にも陥りかねないそうした試みは、西欧の合理的思考にとってはまさに「異化作用」以外のなにものでもない。そうした「異化作用」の体験とそれに基づいた詩作によって、ジルベール=ルコントは、ほぼ同時代のシュルレアリスムに接近しつつも、ある意味でのその先にまで行った。つまり、個人主義を超えた一種の共同性の探求であり、それは単なる合理主義の否定ではなく、未開人にも通じる精神状態と近代人の理性的な精神状態を弁証法的に止揚することで生じるはずの新しい地平であった。そうしたジルベール=ルコントについて、その人生と仕事をたどる著作を書き上げ、まもなく刊行される予定となっている。
 そのほか、シュルレアリスムと写真や映画の関係については以前からの研究を継続している。それはまた、写真や映画といった複製芸術が既成の芸術にもたらした「異化作用」の研究にもなっていく。また、映画に関しては、戦後の新たなモダニズムともいえるヌーヴェル・ヴァーグについての研究も続けている。とりわけ、2010年1月に逝去したエリック・ロメールについては、これまでに書いたものも含め、いずれ研究の成果をまとめるようにしたいと考えている。人物たちが恋愛などについてただ会話をするだけのように見えるロメールの映画は、ストーリー性が希薄である点など、従来の劇映画のあり方とは異質であり、観客に対して「異化作用」として働いた。その一方で、俳優の身振りなどがなまなましく現前してくることで、映画におけるモダニズムの在り方を一新したと言ってもいい。このロメールを含めたヌーヴェル・ヴァーグ全体についても、いずれ論じていかねばならない。