表題番号:2009B-006 日付:2010/03/31
研究課題死後出版小説の問題点と編集の正当性―プルーストの場合
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 政治経済学術院 教授 徳田 陽彦
研究成果概要
プルーストの『失われた時を求めて』の第6巻『消え去ったアルベルチーヌ』は死後出版であり、タイプ原稿がいくつか残っているだけである。生前に出版された第4巻の『ソドムとゴモラ』までは、作者は清書原稿を出版社に渡してからも、校正刷に何度も手を加えて、最後には当初の清書原稿が元の形をとどめないくらいの修正を行うのを常としていた。その意味では、現行版の『消え去ったアルベルチーヌ』は不完全な形のまま残され、代々さまざまな編者の解釈を施されて出版さて来た。これは今後も変わらない情況であろう。それが87年、ナタリー・モーリアックが新たにタイプ原稿(病床のプルーストが死の直前に改変)を発見し、それに「作者が最後に手を加えた最終決定版」という銘をうって出版した。しかしそれは、主要登場人物アルベルチーヌに関する話者の忘却のエピソードや「ヴェネチア滞在」の章におけるこの女性人物に関するすべてのエピソードを削除した短縮版である。筆者は、このタイプ原稿はモーリアックの「最終決定版」という仮説に反対しる、雑誌「レズーヴル・リーブル」用に作成された抜粋であるとの仮説を長年かかげてきた。今回もその研究の一環である。
 実際の作業範囲は、第6巻『消え去ったアルベルチーヌ』(題名さえ、最終決定はなされていない。『逃げ去った女』を採用している版もある)の女主人公がパリの話者のアパルトマンから出奔し、トゥーレーヌで事故で死んで、数年たって話者の内部で忘却が始まるまでの部分である。驚くべきことに、プルーストは話者を通じて、彼女の死を予感・予告させ、さらには彼女への忘却をも予告させる記述に充ちている。いわばアルベルチーヌの死と忘却が物語の中ですでにプログラミングされた感のつよい叙述が終始この部分の通底していた。「ヴェネチア滞在」章における忘却の最終段階の要素も話者のコトバから散在している物語情況である。未完であると前提に立っても、これはプルーストの書き急ぎないしは要素を予め開陳するエクリテュールの方向性を意味するのであろうか。等々、論じた考察を原稿にして学部の紀要に発表する予定である。