表題番号:2009A-830 日付:2010/04/09
研究課題イヴァン・トゥルゲーネフの中編小説における構成法
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 助手 粕谷 典子
研究成果概要
 本課題では、トゥルゲーネフの中編小説に回想体が多いことに着目し、当時一般的であった回想体小説の構成がトゥルゲーネフの中編小説にどのように現れているかを明らかにすることが当初の目的であった。
 その理由の第一には、トゥルゲーネフの小説の構成が特異であり、当時からしばしば批判されてきたことがある。中編小説における構成の方法を明らかにすれば、トゥルゲーネフ小説全体の成り立ちを明らかにできると考えたのである。第二に、トゥルゲーネフは生涯にわたって詩と散文双方におけるあらゆるジャンルの可能性を追求し続けたといえる。中編小説全体に見られる構成の特徴を抽出できれば、トゥルゲーネフにとって詩と散文が各々どのような機能をもつものとしてとらえられているかが明確になると考えた。
 結果として、中編小説に現れた回想体小説の構成法、即ち断片性、途中性等の特徴は、ジルムンスキーが指摘するロマン主義ポエマの構成と共通するものであると確認できた。トゥルゲーネフの散文小説には構成の点で、詩の要素が入りこんでいたのである。また出来事の展開を逐一追うことよりも、人物描写(回想体小説における「ポートレート」)を中心に据えることで、トゥルゲーネフ小説の最大の特徴の一つである心理描写が豊かな発展を見せたことも、中編小説の構成の具体的な成果であることがわかった。
 しかし研究を進めるにつれて、このような中編小説の構成の特徴を明らかにするだけでは、トゥルゲーネフの小説の歴史的な意義を明確に表現することは難しいと考えるに至った。そこで回想体小説としての中編小説そのものを論の中心に据えるのではなく、それらの要素を継承および反転させて初めて可能になった長編小説を軸に再構成することに思い至った。この方向で今年度は論文にまとめる予定である。