表題番号:2009A-102 日付:2012/05/29
研究課題「共生社会」への展望と課題
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 法学学術院 教授 近江 幸治
研究成果概要
この研究課題は、私の長期にわたるもう1つの(法律以外の)研究テーマである「『共生』社会の創造」に関するものであり,20世紀の経験をふまえ,21世紀において「共生社会」の実現を目指そうする社会理論である。
「共生社会」に関する研究は,早稲田大学の社会科学系教員有志(専攻は多岐にわたり,経済学,農業経済学,政治学,公共政策学,法学,哲学など)による学際的研究(代表田村貞雄社会科学部元教授)で,1998年度から2年間の文科省科研費補助を受け(テーマは「New Public Managementに関する研究」),日本各地の実態調査ほか、ドイツ・ボン大学での国際シンポジウム開催などを行った。「共生」という言葉・概念は,現在では一般的に使われていると思われるが,そもそもは,この研究会が創出したものである。そして,私たちは,21世紀において社会が「共生社会」へ移行することの必要性を内外にアピールをしたが,2003年頃になって、政府・各省庁は、その施策の中で、盛んに「共生社会」という言葉を使い始めた。ただ、その概念の中心がどこにあるかは不明なところも多い。
しかし,「共生」といっても漠然としたものであり,この概念が,21世紀の社会でどのように活かされなければならないかは,上記研究会のメンバーも多岐にわたることから,各研究者の固有の視点に関わるものである。
そこで、私は、「共生」概念を自分の研究領域に引きつけて考察しようとした。その結果,「共生社会」の実現で必要なことは,「人の価値」の尊重と「責任」の意識でなければならないと考え,これが21世紀の社会の指導理念とならなければならないことを提示した。
具体的には,従来の民法体系がローマ法を淵源とする「所有」と「契約」という2極構造を発展させたものであり,現在でもこの構造に変わりはないが(現在進んでいる新しい民法改正の動きも,旧来のままである),しかし,ルネサンス期に発見された「人の価値」に注目しないのは,社会科学では法律学くらいであろう。すでに,経済学・政治学・社会学では,「人の価値」を採り入れ,それぞれの領域での社会分析の基本概念に据えているのである。
社会科学は,人間の生活・行動に原理をもつ『社会現象』を研究対象とし,「社会の安定,経済の発展,人間の幸福」を研究目的とする学問である。そうであれば,当然に,「人の価値」の採り入れ,これを,社会分析の道具としての基本概念としなければならない。
そこで,「所有」・「契約」に「人」を法律学の基本構造を考えたとき,どうしても,「人」の所為である「所有」と「契約」の結果としてのネガティブな効果の問題が出てくるのである。そのネガティブな効果は,「責任」という社会の共通の規範なのである。「責任」は,社会規範としても重要な概念なのである。そこで,私は,21世紀の民法の基本構造は,「人」・「所有」・「契約」・「責任」という4極構造でなければならないということを主張してきた。
まだまだ検討し,検証する余地はあるものの,社会科学(特に法律学)は「人」・「所有」・「契約」・「責任」の4つを社会分析の基本概念としなければならないという考え方を,以下の方法で公表してきた。

当研究に対する自己評価
以上の,社会科学における社会分析概念としての「人」・「所有」・「契約」・「責任」の基本概念についての研究は,まだまだ途上であり,総合的成果は今後の問題であるが,「共生」概念を「責任」概念にジョイントさせ,21世紀の社会で「責任」の必要性を主張したのは,申請者独自の見解であり,この点は,大きな成果だと評価される。このテーマは,社会をマクロ的視野で観察し,長期的な分析が必要である。大震災という日本社会の大混乱の中で研究課程が停滞したことは否めないが,今後とも永続的に研究を続けていきたい。
以上のことから、本研究については,一定の成果を得たものと考えている。