表題番号:2009A-078 日付:2010/04/07
研究課題フランス・アルザス地方における若者世代のアルザス語離れに関する文化人類学的研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 人間科学学術院 教授 蔵持 不三也
研究成果概要
今日、アルザス地方を歩くと不思議な風景に出会う、たとえば街角のカフェ。そこでは若者たちと高齢者たちが同じアルザス人でありながら異なる言語を話しているのである。前者はフランス語、後者はアルザス語である。本研究はその実態を統計的に調べること尾を目的とするものである。そこで私は、2009年9月、アルザス地方南部(Haut-Rhin)の人口1万1000余のゲブヴィレ市(Guebwiller)とその隣接町村で、おもにリセ学生に対するアルザス語の理解に関するインタビューと質問票による調査を行った。対象者は15歳から17歳までの男子(31名)女子(12名)の計43名。そのうち、①両親がアルザス出身、②片親がアルザス出身、③両親ともアルザス以外の出身に分類し、③についてはアルザスにいつから住むようになったかもわかる限り調べた。周知のように、アルザス語はドイツ語と言語的関係が深く、一般フランス人の理解の外にある言語といえる。
 調査の結果、①についてはわずか2名が日常会話に支障をきたさない程度でのアルザス語力を有し、②のリセ生は1名のみがいくつかのアルザス語表現を知っている程度、③にいたってはアルザス語をまったく解さないことが分かった。男女別に有意味的な偏差はみられなかったが、これからアルザス語を学びたい、もしくは関心があると答えたのは皆無であった。
 その原因としてまず考えられるのは、リセの語学教育が英語一辺倒であることが考えられる。アルザス語習得を容易にするドイツ語学習を語学教育に組み込んでいるリセはアルザス地方全体で数校(いずれも私立)たらずであり、その受講者もこの数年減少傾向にあるという。さらに、今日のネット社会でアルザス語を習得する意義について、調査対象者からは何ら積極的な意見を聴くこともできなかった。しかし、文化人類学の知見からすれば、言語の消失は言語に表象される地域文化の衰退と密接に結びつく。これについては、すでに若者主体の伝統的な火祭りの衰退を調査した科研費の成果報告で提示しておいたが、こうした傾向がこれからどうなるか、一部にみられるアルザス語復興運動の行方とともに注目していくつもりである。