表題番号:2009A-013 日付:2013/05/06
研究課題西欧中世におけるテキストの伝承と思想の影響 -『ポリクラティクス』の場合-
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 教授 甚野 尚志
研究成果概要
 十二世紀の知識人を代表するソールズベリのジョンの政治社会論の著作『ポリクラティクス』が中世後期にどのような影響を与えたかについて、関係する資料を研究費で購入し、また、パリでの1週間ほどの資料調査にもとづいて詳細に考察した。
『ポリクラティクス』の残存するラテン語写本は、十二世紀のものが六点、十三世紀のものが十二点、十四世紀のものが二十九点、十五世紀のものが五十二点と、しだいに数を増していることからも、この著作が中世後期の政治・社会思想に与えた影響の大きさが理解できるので、ラテン語写本の制作との関連で今回考察するとともに、『ポリクラティクス』が、中世後期のイタリアの人文主義者や法学者に大きな影響を与えていることが今回の研究で明らかになった。その顕著な例は、十四世紀中葉のナポリ大学の法学者ルカス・デ・ペンナであり、彼が書いたローマ法の注釈書では、『ポリクラティクス』での法の議論や有機体的な国家論が詳細に紹介されている。また何より、ジョンの暴君論が、フィレンツェの有名な人文主義者コルッチョ・サルターティに影響を与えていることも注目に値する。サルターティーは、『ポリクラティクス』の暴君論の大きな影響を受けて、彼自身の『暴君論』(一四〇〇年)を書いており、今後、イタリアの人文主義への十二世紀の『ポリクラティクス』のようなテクストの影響関係について、さらなる研究を進める予定である。
さらに『ポリクラティクス』は、ラテン語の書物として影響を与え続けたのみでなく、十四世紀後半には俗語フランス語のテキストとしても流布した。すなわちフランス王シャルル五世が、フランシスコ会士ドニ・フルシャに『ポリクラティクス』のフランス語訳を作らせ、その結果、ラテン語を理解できない王や宮廷人もその内容を理解できるようになったからである。このことは、中世後期になお『ポリクラティクス』が「君主の鑑」としての有用性をもつ書物であったことを示している。今回は、十四世紀のシャルル五世期に、なぜ、『ポリクラティクス』がフランス語訳されたのかまでは、十分な考察が及ばなかったので、この問題は、今後の課題としたい。