表題番号:2008B-336 日付:2009/03/31
研究課題早稲田大学ライティング・センターにおけるセッションの分析
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 留学センター 准教授 佐渡島 紗織
(連携研究者) 国際教養学術院 客員講師(専任扱い) 志村美加
(連携研究者) 国際教養学術院 助手 太田祐子
研究成果概要
ライティング・センターには、「自立した書き手を育てる」という指導理念がある。すなわち、セッションに持ち込まれた文章をチューターが直すのではなく、書き手自身が文章の問題点に気付き修正方法を考えることができることを目指す。チューターは、質問をしたり読み手の反応を伝えたりして、対話をしながら書き手に考えさせていく。この「自立した書き手を育てる」という指導理念が実現されるような対話を、チューターが日頃から練習を積み、セッションで実践することが重要となる。
 そこで、本研究では、(1)セッションで行われている対話が書き手の気づきを促しているかどうかを確認すること、また、(2)日本人母語話者である書き手が英語で文章を書く場合、英語で行われているセッションと日本語で行われているセッションとでは違いがあるかどうかを比較することを目的とした。08年度に勤務した、春学期20名、秋学期18名のチューターが一年間で各々2から4のセッションをボイスレコーダに録音した。そして音声データを業者委託によって文字化した。文字化したセッション対話に10のコード記号をつけ、どのような対話が行われたかを分析した。
 主な結果は次のようなものである。(1)の目的に対しては、ほぼすべてのセッションで、書き手が何らかの気づきを得ていることが確認された。書き手がより多くの気づきを得るセッション対話には次の要素が含まれていた。すなわち、文章の問題点を書き手自身が提起し文章に対する検討がその問題点に沿って行われている、書き手の意図が十分に話題にされている、チューターが書き手の意図を話題にする中で読み手の反応を伝えている、チューターが相槌やオウム返しをふんだんに行っている、である。文章作成技能一般や文章内容に関する一般的知識は、書き手の気づきを促す要素としては特定されなかった。(2)の目的に対しては、日本母語話者が日本語でセッション対話をする場合は英語で対話する場合と比較して、概して発話量が多くなり、文章の問題点や来訪の目的を自分から詳しく説明し、語のニュアンスや意図を多く語り、一つの事柄に対するチューターとのやりとりが多くなり、書き手がチューターとより対等になることが明らかになった。この結果は、米国で発表されてきた先行研究とは異なり、書き手の母語を使った検討が書き手を育てるうえで有効であることを示唆している。
 これらの研究結果を統合すると、「自立した書き手を育てる」というライティング・センターの理念は、先行研究と同様、書き手の主体性・主導権を守りながら行われるセッション対話によって実現されるといえる。しかし、外国語の文章を検討する際には、必ずしも当該外国語で対話を行うことに固執する必要はなく、母語の使用は有効である。母語の使用によって、書き手とチューターが対等の立場でセッションが行われることが理想であるとするライティング・センターの理念に、より近づくことができる。