表題番号:2008B-310 日付:2009/03/25
研究課題環境損害に対する責任に関する課題と立法提言
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 大学院法務研究科 教授 大塚 直
研究成果概要
環境損害には広義と狭義とがあるが、ここでは、環境影響起因の損害のうち、人格的利益や財産的利益に関する損害以外のもの(狭義)を用いている。2004年にはEUで環境損害責任指令が採択されたが、構成国により若干の相違が見られることが明らかになった。ドイツでは第1に、市民らの行政庁に対する作為請求権の範囲を修復措置に限定していること、第2に、原告適格の範囲について伝統的な保護規範説を維持し、「個人の権利を根拠づける」環境法規違反を要件としたことである。イギリスでは規則案の段階であるが、ドイツのような限定はしない方向が打ち出されている。EU指令とわが国の法状況を比較してみると、わが国の制度は、公害防止事業については公害概念を用いているため、健康被害又は生活環境被害に限定する形式がとられており、この点が大いに異なっているものの、公害防止事業費事業者負担法の健康被害、生活環境被害は広く解されていること、土壌については、わが国もEUも健康被害のおそれのある場合のみを対象としていることなど、実質的には類似した面もないではない。また、EU指令とアメリカの自然資源損害を比較すると、EUでは原因者負担原則と予防原則の実現が重視されていることも明らかになった。
 今日、わが国で環境損害責任を導入する意義としては、原因者負担原則の徹底、それに伴う環境関連の損害の未然防止の徹底、環境政策の費用便益分析の基礎の提供、団体訴訟との連結の可能性の構築などをあげることができる。わが国においても、個人の利益の範囲を超えた環境に対する損害、生態系に対する損害が広がっており、「人類の存続の基盤」である「環境」に対する損害を防止・修復するため、狭義の環境損害を対象にすることが必要となっている。
 環境損害責任の立法化にあたっては、どのような点に注意すべきかを検討し、修復中心のアプローチを取るべきこと、回復の対象となる環境損害については、とりあえず必要性の高い分野(水、生物多様性、土壌)に限定して制度を構築することが考えられること、環境損害の修復の主体は原因者を基本とすること、修復請求の主体は行政庁とすること、その際、団体訴訟を導入すべきこと、責任については不遡及とすること、行政庁の許可がある場合には環境損害を認めることは困難なこと、責任限度額を設けることが考えられることなど、一定の結論を得た。立法化にあたり、検討すべき点はなおいくつか残されており、更に検討を続けたいと考えている。