表題番号:2008B-185 日付:2009/03/19
研究課題単一イオン注入による細胞機能修飾
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 理工学術院 教授 大泊 巌
(連携研究者) 先端科学・健康医療融合研究機構 准教授 品田 賢宏
(連携研究者) 東京大学大学院医学系研究科 講師 秋本 崇之
研究成果概要
 本研究では、治療効果が報告されているAuイオンに注目し、細胞への照射効果を検証
した。最終的には、がん細胞増殖抑制、もしくは死滅効果を有する元素を探索し、が
ん治療に有用な知見を得ることを目的としている。凍結細胞の高真空環境耐性を確認
したことを受けて、筋芽細胞を約-150度に保持した状態でAuイオン注入を試み、倒立
顕微鏡による形態観察とATP計測をによるviability評価を行った。注入量は、1個の
細胞当たり1,000~50,000個である。
 光学顕微鏡による形態観察では、照射前後において細胞状態に変化が見られず、凍
結、真空環境への曝露、イオン照射、解凍後も原形を止めていることを確認した。細
胞のviabilityを示すATP量について、Auイオンを注入した細胞では、未注入と比較
し、約10~20%向上することが判明した。培養液のみのサンプルにAuイオンを注入し
た場合、ATP量はゼロであることから注入されたAuイオンは上昇に寄与していないと
言える。Auイオン注入量増加と共にATP量が減少する傾向が認められ、これはイオン
照射ダメージによると考えられる。一方、Asイオンを注入すると、逆に約10~20%ATP
量が減少することを確認しており、注入イオンがATP量の増減に影響したことは明ら
かである。ただし、ATPの産生あるいは消費のどちらに作用したかは現在のところ不
明である。ATPは生物エネルギーとして細胞内の至る所で消費されており、消費増
進・抑制の原因を特定するのは容易ではない。幸いATPを産生するミトコンドリアの
膜電位をリアルタイムで監視することが可能であり、Auイオン注入によって膜電位の
上昇が認められれば、電子伝達系の促進に寄与しATP上昇要因を特定可能である。
 本研究によって、古くから経験的に薬として使われてきたAuの細胞レベルでの機能改
質効果を初めて検証したと考える。高度な半導体ナノ物性制御手段として確立された
イオン注入技術によって細胞機能を定量的に修飾する手法を初めて開発した成果であ
る。