表題番号:2008B-077 日付:2009/02/14
研究課題金融取引における更改および交互計算の研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 商学学術院 教授 柴崎 暁
研究成果概要
 本年度は、前年度の交互計算研究の一環として、派生商品取引において用いられる差引計算nettingの私法学的分析を中心に研究を続行した。
 平成10年のいわゆる一括清算法の第3条は、法定倒産手続開始後の破産財団・更生会社等に対して、派生商品取引約定で用いられる差引計算の効力を主張できることを認めた。同法制定を見た(その上、平成16年破産法改正による相場商品を原資産とした派生商品取引に関する相殺の倒産手続に対する効力を定めている)ため、差引計算の法的性質決定の理論が決定的な役割を演じることは少ないと思われるが、同法制定前の法状況をどのように説明すべきか、また、現在でもなお「特定金融取引」の範疇から遺漏する取引に関しては、依然としてその処理が理論に委ねられている。
 現在日本の金融機関で多く用いられているのはISDA Master Agreementの差引計算であるが、そこでは平時差引計算payment netting・破綻時差引計算close-out nettingが定められている。期限前差引計算obligation nettingの取扱については議論があるが、これもまた同約定から定められているものと解されてきた。
 筆者は、差引計算を交互計算と性質決定することにより、同法制定前より大正破産法において既にその破産財団に対する効力が認められ、これが会更法でも準用されていたから、cherry picking問題も生じることがなく、もともと金融機関のBIS基準による危険資産保有比率の上限も充足されていたというべきではなかったか、と考えるに至った。
 しかしこの説明の問題点は、日本の交互計算学説を前提にしてしまうと、組入債権の抗弁喪失効を残高承認の時点まで生じないものとされ、組入債権を生じる個々の派生商品取引に取消権が援用されるなどした時には、差引計算の効力が覆され、予測できない危険負担exposureを許すおそれがあるという点である。
 この点、フランス法の論者(AUCKENTHALER)は、差引計算による権利創設効を認め、事柄が単なる相殺ではないことを示唆している。そこでフランス法の交互計算理論を顧みると、交互計算そのものの理解として組入時点における更改(「regimeの交替する更改))を認める立場(CALAIS-AULOY)が有力な学説となっていることが判る。この研究を通じて、日本法に於ても同様に解することが可能ではないのかとの示唆を得るに至ったものである。