表題番号:2008B-047 日付:2009/03/12
研究課題ロシア・フォルマリズムにおけるドイツ美術史学の影響
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 助手 八木 君人
研究成果概要
 総括的な論考「『形式的方法』の理論」の中でエイヘンバウムは、「名前のない美術史」という
言葉と共に、何気なくハインリヒ・ヴェルフリンの名を挙げている。また、オポヤズの理論家とし
て活動をはじめたころの彼の日記にも、「ヴェルフリンを読み続けている。文学史の構築とのアナ
ロジーが常に思い浮かぶ」とある。トゥイニャーノフの文学史の作り方や、また、フォルマリスト
たちには異を唱えていたバフチン・サークルの著作にも、この美術史家の痕跡を見出すことはでき、
当時のロシアの人文知における一つのプラットフォームとして機能していたことがわかるだろう。
 この助成によって多くの資料を得ることができたが、残念ながら、ロシア・フォルマリズムに対
するドイツ美術史学の影響を実証的に示すような資料は、未だ見出せていない。助成期間は終了す
るものの、引き続きこの課題に取り組み、執筆中の博士論文には組み込みたいと考えている。
 但し、この問題は、ドイツ美術史学の影響がその一つの顕れとなっているような、より大きな文
化史的コンテクストで捉える必要があるだろう。それは、同じくヴェルフリンの影響を受けた同時
代のワルツェルらのドイツのフォルマリズム文芸学に対して、エイヘンバウムが冷淡な態度をとっ
ていることからも察せられる。
 つまり、重要なのは、オポヤズのメンバーは、理念や思想としてではなくある種の技術として、
ドイツ美術史学の方法を貪婪に摂取しているのであって、同時代にあらわれる視覚や聴覚に関する
「新しい技術」をも適切に視野に入れて考察を進める必要があるということだ。ヴェルフリンの展
開した様式論、つまり、内容的見方から形式的見方への転換の一因が、写真(スライド)という複
製技術にあるとしばしばいわれていることからも、翻って考えれば、こういった視点が、今後のロ
シア・フォルマリズム研究には欠かせないものとなるのは明らかである。