表題番号:2008A-109 日付:2009/11/16
研究課題「移動する子どもたち」として育った複数言語使用者の言語能力観に関する質的研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 大学院日本語教育研究科 教授 川上 郁雄
研究成果概要
本研究では「移動する子ども」を(1)空間的を移動する,(2)言語間を移動する,(3)言語教育カテゴリー間を移動するという3点で規定した。そのうえで,「移動する子ども」が成長過程でどのように複数言語を認識し,習得し,成人した後の生活で,それらの複数言語をどのように使用しているか,あるいは使用していないかについて調査をおこなった。インタビュー調査は,幼少期に多言語環境で成長し,現在,日本で活躍している11人の方(川平慈英氏,セイン・カミュ氏,一青妙氏,コウケンテツ氏,フィフィ氏,華恵氏,長谷川ア―リアジャスール氏,白倉キッサダー氏,NAM氏,響兄弟)に行い、録画データ文字データをもとに質的調査法によって分析した。
 その結果をまとめると,幼少期に複数言語環境で成長した成人日本語使用者の言語習得と言語能力観について,以下の5点がわかった。①子どもは社会的な関係性の中で言語を習得する,②子どもは主体的な学びの中で言語を習得する,③複数言語能力および複数言語使用についての意識は成長過程によって変化する,④成人するにつれて,言語意識と向き合うことが自分自身と向き合うことになり,その後の生活設計に影響する,⑤ただし,言語能力についての不安感は場面に応じて継続的に出現する。このことは,「移動する子ども」は,既成の記述的な言語能力や言語教育のカテゴリーとは別次元で,極めて主観的な意識のレベルで言語習得や言語能力意識を形成し,そのことに主体的に向き合い,折り合いをつけることによって自己形成し,自分の生き方を立ち上げていくことを意味する。ただし,その言語能力は高度なマルチリンガルのように見えるが,常に不安感を秘めた言語能力意識である。この「不安感を秘めた言語能力意識」こそ,言語習得や言語生活を下支えしている。したがって今後の課題は,「移動する子どもたち」の「不安感を秘めた言語能力意識」を踏まえ,その意識に向き合う言語教育実践を構築することである。