表題番号:2008A-034 日付:2012/04/10
研究課題経済環境の変化によって生じた敗者補償の所得再分配制度におけるトレードオフの研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 商学学術院 准教授 市田 敏啓
研究成果概要
本研究では、一時的な経済ショックに対する被害者救済のようなケースでの政府が取り得る所得の再分配問題に焦点を当てて分析を行う。特に、理論上ではパレート改善(世の中に存在する全ての人が前よりもより幸せになることができるような状態)が可能な経済環境の変化が、必ずしもパレートの意味での改善にならなくなる(誰かが不幸になったらそれを救済できない)のはどうしてなのかというパズルの理由を本研究では分析した。世の中には経済全体にとっては効率性を向上させて消費可能領域を拡大するような経済環境の変化が様々な形で存在する。例えば小国開放経済にとっての貿易の自由化や、市場の失敗が存在しない場合の資本規制の自由化などがそういう例にあたる。しかしながら、経済全体には改善であるはずのこうした変化が、一部の国民からは強い反対に遭うことが多い。そして、そうした全体としての改善となる変化は実行に移されないこともしばしば起こる。
なぜ反対運動が起こるかというと、こうした経済変化から生まれる「負け組」に対しての「負け分の補償」が充分に行われていないからである。ある経済的変化は常に国民の間における所得分配の変化を伴う。すなわち「勝ち組」と「負け組」を生み出される。勝ち組は文句を言うはずはない。負け組はもし負けっ放しであるならば反対運動を起こすだろう。本来、経済学には「補償原則」という考え方がある。その考え方に則ると、もし経済全体のパイ(みんなの取り分)が拡大するならば、「勝ち組」の取り分に適正な課税をして「負け組」に補助金として与え、経済を構成する全ての個人が、パイが拡大する前よりも幸せにすることが潜在的にはできるはずである。こうした全員が変化前よりもより幸せになるようなケースを「パレート改善する」と呼ぶ。もしある一時的なショックが経済全体のパイを拡大させて、消費可能集合を変化前に比べて拡大させるのであれば、そのようなショックは潜在的にパレート改善が可能なショックであると言える。本研究では理論的な数学モデルを用いて、そうした潜在的にパレート改善が可能な経済的ショックが、なぜ現実にパレート改善をもたらすことができないのかを、情報の非対称性の考え方を用いながら明らかにした。
今回の特定課題研究により、いくつかの重要な文献を入手することができ、それらの文献を利用して2009年3月に刊行予定の早稲田商学に展望論文を執筆した。オリジナルな理論論文は現在も英語にて執筆改訂中であり、その研究発表をイタリアのピサ大学のサンタアンナ高等研究大学のセミナーにおいて20人以上の大学教員、大学院生の前で発表を行い、数々のコメントと質問を受けることができた。今後は本論文を海外の査読付学術雑誌に投稿する予定である。