表題番号:2007B-079 日付:2008/03/26
研究課題金融取引における更改および交互計算の研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 商学学術院 准教授 柴崎 暁
研究成果概要
 被助成者は、主著・手形法理と抽象債務(2002)をはじめとする既往の研究において、日本私法における無因債務承認が証拠法的抽象性の観念によって説明されるべきものとの仮説を提唱してきた。かかる理論の具体的な実益は、商事取引の実際的な応用の場面において検証されなければならない。交互計算の残高承認における抗弁喪失効の問題はまさしくこれにあたる。交互計算契約の構造については、日本においても各種の研究が知られてきたが、無因債務承認の抽象性との関連、とりわけ証拠法的抽象の観念との関係において行われている研究は、浜田一男(九大法政研究40巻、1973)によるものが知られるにとどまる。被助成者はこれをさらに深化すべくフランスのCALAIS-AULOY(J-Cl. Banque, Fasc. 210, 2001)、スイスのETTER(1994, Zurich)らの論文にその解明の鍵を求めようとした。
 とりわけ、更改的効力・抗弁喪失効は、交互計算特有の効力なのか、無因債務承認の効果であるのかという問題に焦点があてられる。フランス法では、今日それを更改と呼ぶことはおこなわれていないものの、組入債権は、組入entree時に、組入給付remise自体によって消滅して一個の債権に置換えられると観念され、組入に一種の抽象性を認める(CALAIS-AULOY)との理論が行われ、依然として交互計算組入自体に一種の権利得喪的効力を認める立場であるといえる。そのような効力を交互計算自体に認めるのであれば、実体的抽象的債務承認の観念は必要がない。
 他方ドイツ法によれば、滅権効は計算期間終了後の残高承認において初めて生じるものとした。これに伴う抗弁喪失効は債務承認の効果である。スイス法は、1893年連邦裁判所判決以降、滅権効は少なくとも繰越report時に生じるとの説を採っていたが、後に転じてドイツ法の理論に拠ることとなった。ところが、スイス債務法ではドイツ法のような実体的抽象的債務承認が認められず、残高承認行為の抽象性はあくまで「証拠法的」なものである。交互計算期間中、債権は消滅することなく残存し、期間の到来において総額相殺されるが、そこでの錯誤脱漏は、いかに形式上無因的に残高承認をしようとも、なお実体法的な抗弁権として主張し得るものとなる。残高承認の存在は一応かかる債務の存在することが確からしいという推定の根拠でしかなく、立証責任の転換の便宜を生じるにとどまるというのである(イタリア法も同様の理解を採る。これは既に浜田論文で指摘されている)。このことが実務上は不都合を生じないというのは、ドイツであっても、S.E.& O. (「錯誤脱漏なき限り」)約款の挿入によって、実際には項目債権への異議権が留保される実務が行われる等しており、残高債務の効力確定は絶対的なものである必要がないという実態があるからのようである。
 しかし、なお調査を要すると思われる主題としては、そもそもフランス法が交互計算組入に認める一種の抽象的権利得喪的効力の本質をどのように考えるべきかという問題が残る。あるいはこれと必然的に関連して、交互計算期中に当事者一方が倒産した場合の計算の対抗力の問題を、理論上当然とみるのか、それとも法律によって外部から持ち込まれた制度であると考えるのか、といった課題がある。今後の研究に委ねたい。