表題番号:2007B-039 日付:2008/03/23
研究課題四川地域唐代彫刻の図像学的研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 教授 肥田 路美
研究成果概要
本研究は、中国四川地域に現存する唐代の摩崖造像を対象として、特定主題の図像学的分析をおこない、中華世界にとって西南異民族世界との境界の土地であった四川地域における宗教美術の様態の特性を、実証的に明らかにすることを目的とした。
その前提となる実作品の博捜と精査については、このたび新たに四川省文物考古研究院(高大倫院長)と共同研究の関係を結び、これまで継続してきた四川大学藝術学院も交えた三者合同で、成都の北方に位置する綿陽市(梓潼県・三台県・鹽亭県を含む)において摩崖造像の悉皆調査を行い、主要な龕像の三次元デジタル撮影をはじめ実測図、写真、記録調書による一次資料の集積に務めた。その過程で、四川省文物考古研究院と早稲田大学文学部美術史学系との間で向後長期にわたる共同調査・研究の実施細目を約した合作協議書を、2008年3月19日付けで取り交わしたことも、今年度のひとつの成果として特筆しておきたい。
調査地域の綿陽では合計16箇所の摩崖造像遺跡を確認したが、そのほとんどが唐代の彫刻であり、本年度は梓潼県の臥龍山千仏岩、西崖寺摩崖、綿陽市の碧水寺摩崖、玉女泉摩崖、北山院摩崖を対象として調査研究をおこなった。これらの遺跡は関中ないしは漢中方面から益州に至る交通路上に位置し、唐王朝中心部からの影響が直接的に及んだことが想定できる立地であるが、四川盆地の摩崖造像を俯瞰すると、この地区の個性的な特色が浮かび上がる。その最も顕著なひとつが、いわゆる阿弥陀五十二菩薩図の作例の集中である。梓潼県の臥龍山千仏岩には貞観八年の「阿弥陀佛并五十二菩薩傳」の刻記が残り、初唐道宣の『集神州三寶感通録』収載の同縁と相同する内容と、これに対応する大型龕の彫像が現存するが、西崖寺摩崖、碧水寺摩崖にも作例が見出せ、通江や巴中の類例に波及する同主題の発信地であったことが想定できる。「天竺の瑞像」とされた当該主題はもとより菩薩の持物や蓮華の表現に強い西方色が看取でき、その西方への意識と造形の来由を問うことは、初唐彫刻研究の有効なケーススタディとなる。