表題番号:2007A-818 日付:2008/03/24
研究課題日本の記録映画言説における「科学」観の変遷
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 専任講師 藤井 仁子
研究成果概要
以前から従事してきた昭和十年代の「文化映画」研究を継承・発展させる形で、特に日本の記録映画言説において「科学」への言及がいかになされ、再定義され、変質していったかを、実際に製作されたフィルムを見、分析する作業と並行して調査・検討した。映画の「科学性」が文学における自然主義的な「リアリズム」と少なからず混同して語られてきた事情に鑑み、文学作品を原作とする「文芸映画」をめぐる言説もあわせて調査・分析した。
他方で、欧米の先進的な映画理論も旺盛に取り入れてきた日本の記録映画言説の分析にあたっては、映画の「科学性」ないし「客観性」の根拠とされている「指標性」(記号としての映画映像が持つ、キャメラの前に現存した事物や出来事の物理的痕跡としての性格)そのものの理論的かつ歴史的な再検討が必要となり、これを映画発明以前の19世紀欧米からデジタル時代の今日に至る長期的視野で行った。その成果は本研究のテーマに直結する形ではないものの、「リアリティの馬脚」(『文學界』2007年9月号)、「デジタル時代の柔らかい肌――『スパイダーマン』シリーズに見るCGと身体」(藤井仁子編『入門・ 現代ハリウッド映画講義』人文書院、67~94ページ、2008年4月)などの論考で素描した。
その結果、日本の科学映画がとりわけ好んで発展させた顕微鏡撮影に見られるように、人間の知覚によっては確認しようのない事物や出来事の物理的証拠である映画の「科学性」とは、むしろ人間の知覚が有する物理的=身体的制約を際立たせ、現実世界の明証性を揺るがし、視覚性それ自体を再審に付すという逆説をはらんでいることが明らかになった。恒常的な不安の源泉としてのこの逆説が惹き起こした症候として日本の記録映画言説を再考する視点が新たに獲得されたが、その成果は既発表の論文数篇とあわせて大幅な加筆の後に近日刊行される単著(別記)に反映される予定である。