表題番号:2007A-073 日付:2008/03/24
研究課題空間メディアにおける文字・表記の特性に関する調査研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 社会科学総合学術院 教授 笹原 宏之
研究成果概要
 本研究においては、街中、野外といった屋外空間に存在する看板、暖簾、幟、標示、貼り紙などの主として宣伝・広告・案内を目的とするメディアを「空間メディア」と位置づけ、そこに記された文字・表記の実態を把握するとともに、そこに存在する種々の特性を、ことばなどの観点を加えながら見出すことを目的として、調査を実施した。首都圏のほか、京都、大阪、宮城、福島、新潟、沖縄などの各地で、屋外に言語景観などとして存在する文字・表記について、撮影した資料を用い、文字体系の割合、使われる文字の種類や多用される字や表記など、その実情を明らかにした。
 空間メディアの文字・表記は、宣伝効果を求めた様々な工夫も加えられつつ、生活の中に溶け込んでいた。「月極駐車場」「珈琲」などは、学校教科書、新聞などの活字メディアや画像メディアではあまり目にしないものである。また、そこでの字体上の省略等には、使用される頻度や筆記素材などに影響を受けた特殊な現象が確認されたほか、漢字用法の特性、片カナの実態などについても検討を加えた。
 地域ごとにも、重層的なレベルで複数の特徴が確かめられた。例えば、仙台では「杜」という字が多用されるほか、特産の「牛タン」は特に店名として看板や暖簾・貼り紙等では「牛たん」と平仮名表記がほとんどであり、東京などに多い「牛舌」とは異なっていた。大阪では、駅で「○×」という記号による表示が目立つほか、近隣地名が干渉したと覚しい誤字体も確認された。食品の「すし」は、関東地方では、「寿し:寿司(壽司):鮨」が拮抗するのに対し、近畿では「鮓」が根強い。東京でも、店名では山の手で「寿し」、下町では「鮨」の比率が若干高く、江戸前:「鮨」説を裏付ける。「えび」の漢字表記にも、同様の差が顕著に確認された。
 看板類に現れる地名を中心とした固有名詞にも、「閖上(ゆりあげ)」「橲原(じさばら)」「五十嵐(いからし 清音)」など、字種や発音などの地域差を確かめることができた。「新シ+写(にいがた)」「鴫(れっかは一)野」「那覇(革は関-門)」など、その地で多用される漢字には、手書きを中心とした字体において筆記経済に起因する地域的変異が現れた。ハングルなど外国文字であっても、特定のコミュニティーごとに非常に多く確認され、日本人に向けた雰囲気作りに役立っているケースも存在していた。
 これらに関連する文献についても収集と分析を実施し、総合雑誌『太陽』、『東京の生活地図』、『在日コリアンの言語相』などに基づき歴史的な変化を辿った。
 これらの事象は、均質化が進んだといわれる日本全国の各種の文化において、今なお残存する多様性とみなすべきものであり、日本の文字・表記ひいては言語そのものへの活力の源泉と位置付けることができる。新たに公布された京都の景観条例では、屋外看板や点滅電飾広告の全面禁止が施行されるなど、各地で空間メディアはさらに変容を呈していく。こうした実態について、今後さらに観察と検討を加え、その成果に関して教育、施策などの観点を加味しながら情報発信を続けていきたい。