表題番号:2007A-025 日付:2008/03/14
研究課題平安時代の仮名書きの文学と手紙に関する研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 准教授 陣野 英則
研究成果概要
 平安時代の仮名文字を用いた文学と手紙との関係を探求しようする本研究は、当初、以下の4つの目的を設定した。

 (1) 『源氏物語』『堤中納言物語』などにみられるさまざまな手紙から、仮名文字を用いた文学と手紙との連続面をとらえる。
 (2) 平安時代の「歌語り」の源流には、音声としての「語り」ではなく、手紙に相当する物体があったことを論じる。
 (3) 上記(2)に伴い、「歌語り」あるいは「歌物語」の定義・概念規定などを根本的にとらえ直す。
 (4) 仮名文字を用いる文学全般、すなわち和歌文学・物語文学・日記文学などにおける手紙の諸相を網羅的に調査・整理する。

 これらのうち、特に(1)については、前年度(2006年度)に公にした数篇の論文からの展開として、2007年度は、『堤中納言物語』の中の「よしなしごと」に関する論文と、『源氏物語』「橋姫」「椎本」巻に関する論文を執筆した。
 「よしなしごと」は、ある僧がしたためた手紙をそのまま引用しているという体裁がとられていると思しい。ただし、書簡そのものの言葉と、これを引用・書写する者の記している言葉との境界は甚だ曖昧である。そうした点などに注目して、物語と手紙との連続面をとらえた。
 また、『源氏物語』「宇治十帖」の最初の巻、「橋姫」では、密通によって生まれた薫が、自身の出生に関わる謎を解く証拠物件、すなわち母女三の宮と亡き実父柏木との間で交わされた手紙の数々が入っている袋を老女房弁から受け取っている。それらの手紙に書かれてあること自体が、薫当人の出生に関わる「昔物語」である。一方、「橋姫」以降の物語は、薫当人が実地に体験してゆく、一風変わった「昔物語」となる。そのように、薫の実の父母が遺した手紙から薫当人の「物語」への連続面をとらえた上で、新たな薫論を試みた。

 上記の目的(2)については、2007年度末現在、いくつかの注目すべき素材を拾い上げてみた段階である。たとえば『伊勢物語』『蜻蛉日記』『源氏物語』『紫式部集』などから、「歌語り」の生成を示唆する事例を丹念に抽出し、それらを分析・検討して論文にまとめる予定であるが、論文の完成までにはもうしばらく時間を要する。
 
 上記の目的(3)と(4)については、当初から1年間で成果としてまとまるものとは考えていなかった。網羅的な調査・整理については特に数年の時間を費やして、充分に吟味する必要があると考えている。