表題番号:2007A-015 日付:2008/05/20
研究課題私文書偽造罪における「文書」の性質
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 法学学術院 准教授 松澤 伸
研究成果概要
 我が国の判例には、名義人本人の承諾を得ていたとしても私文書偽造罪の成立が認められるとされた事例がいくつかあるが、それらは、いずれも、「事実証明に関する文書」についてのものであった。しかし、近時、「権利義務に関する文書」につき、名義人本人の承諾を得ていたとしても私文書偽造罪の成立が認められるとされた事例があらわれるに至った。仙台高裁平成18年9月12日判決(公刊物未搭載、以下、仙台高裁判決と呼ぶ)がこれである。そこで、本件を参考としつつ、名義人の承諾があったにもかかわらず私文書偽造の成立が認められる場合について、あらためて理論的検討を行った。
 本来、私文書偽造罪は、有形偽造を処罰するものである。そして、有形偽造とは「作成者と名義人の同一性を偽ること」と定義される。この際、作成者を、物理的な事実として文書を作成した者と解する見解もあるが(事実説)、通説は、文書に意思を表示させた者と解している(意思説)。したがって、名義人の承諾を得て文書を作成した場合、例えば、社長秘書が社長の命を受けて社長名義の文書を作成したような場合は、作成者と名義人は一致するため、原則として、私文書偽造罪は成立しない。但し、名義人の承諾がある場合においても、ある特定の種類の私文書――たとえば交通反則切符や替え玉入試答案等――について、私文書偽造罪の成立を肯定する一連の判例・裁判例があり、学説は様々な論理でこれを説明している。しかし、私の分析によれば、従来の学説は不十分である。
 私は、文書偽造罪によって侵害される信用とは、「文書の内容を実現してくれるという信用、文書に書かれた内容を裏切らないという信用」であり、有形偽造とは、「文書の内容を実現してくれるという責任、そして、文書に書かれた内容を裏切らないという責任を、名義人に追及することを困難にさせること」、という解することから、この問題にアプローチし、結論として、仙台高裁判決は不当であるとの結論に達した(下記研究成果に掲載の文献を参照)。この判断に際して重要なのは、「信用の内容」を個別的に確定することであり、その際、「文書の性質」ごとに信用の内容が異なる、ということである。仙台高裁判決では、本人確認法における金融機関の本に対する信用と、文書偽造罪のにおける信用の関係が問題となっており、この点について、さらに、文書偽造罪はもちろん、詐欺罪の成否との関係も新たな問題として浮かび上がってくることを確認した。今後、本人確認法と文書偽造罪、詐欺罪との関連へと研究を進める方向性も確認でき、総合的に見て、有益な成果を得たものと思われる。