表題番号:2006B-035 日付:2008/03/22
研究課題日本近代における「時代小説・歴史小説」の系譜学的およびメディア論的研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 教授 高橋 敏夫
研究成果概要
現在、小説の一大ジャンルとして多くの書き手と膨大な読者を有する「時代小説」と「歴史小説」。「読んで面白い、爽快、感動もの、癒される」といった読者の感想が語られ、それを補強する印象批評がなされている。「現代小説」にくらべはるかに自明の存在といってよい。しかし、「時代小説」「歴史小説」とはなにかと、読者に問うても明瞭な答えは返ってこない。書評家や評論家にあっても事情はさほど変わらない。広辞苑第五版には「時代小説 古い時代の事件や人物に題材をとった通俗小説」「歴史小説 過去の時代を舞台にとり、もっぱらその時代の様相を描こうとする小説」とあるが、一般にもこの程度の了解と、個々の小説がもたらす楽しみがあるだけだろう。
これまで私は中里介山の『大菩薩峠』をはじめとして、山本周五郎や藤沢周平、また司馬遼太郎や池波正太郎の作品分析を通してこのような状況を打破し、「時代小説」「歴史小説」の意義を明らかにしようと試みてきた。
今回の研究は、特に最近書かれた作品を介しての試みとなった。それぞれの作品とテーマは以下のとおりである。①江宮隆之『沙也可 義に生きた降倭の将』から「歴史小説におけるポストコロニアル問題」を考える、②藤木久志『刀狩り―武器を封印した民衆』から「チャンバラ小説と刀狩り以後の民衆的想像力」を再考する、③野火迅『鬼喰う鬼』から「歴史小説と新しい歴史研究との交響」をたしかめる、④小嵐九八郎『悪たれの華』から「時代小説におけるアンチ・ヒーローの系譜」をたどる、⑤津本陽『明治撃剣会』再読から「時代小説と戦争との関係」をあぶりだす、⑥東郷隆『大江戸打壊し 御用盗銀次郎』から「ルカーチと大岡昇平の歴史小説論は現在の歴史小説のなにを照らしだすか」を考察する。
以上の試みをとおして、従来「歴史小説」「時代小説」で語られてきた問題が、現在どのようにあらわれ、どんな意義をあらたに獲得しているかを、かなりの部分鮮明にできたと思う。この成果を生かして、さらに試みを持続したい。