表題番号:2006A-902 日付:2007/03/24
研究課題子どもの医療をめぐる法的・倫理的問題についての比較法制研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 社会科学総合学術院 専任講師 横野 恵
研究成果概要
 本年度は,イギリス,カナダ等の英米法系の諸国を対象として,子どもの医療上の決定に裁判所が関与する際の法制度について検討した。
 その結果,イギリスにおいては近年,子ども,とくに新生児に対する生命維持治療の可否について裁判所の判断が求められる事例が増加する傾向があること,また,そうした事例における裁判所の判断のありようが変化しつつあることが認められた。
後者に関していえば,判例法理そのものには大きな変化はないが,個別の事件において裁判所に求められる判断,ないしは裁判所が下す判断の内容が,1990年代のそれとは質的に異なってきていることが指摘できる。すなわち,裁判所の判断が,臨床的な,きわめて個別具体性の高いものとなる傾向があり,また裁判所の判断がその結論においてかならずしも医療者側の立場を支持せず,子どもの家族の立場を支持する判決が散見されるようになった。
 このような裁判所の判断のありようの変化に対しては,臨床的判断における医師の裁量を制約する影響をもたらすのではないかといった批判も見受けられる。
 イギリスにおいて,このような状況が生じている背景には,以下のような事情があると思われる。まず,(1)イギリス社会において,生命維持治療の差し控えと中止をめぐる議論が高まっていること,とくに近年は,新生児に対する生命維持治療の問題に関してNuffield Council on Bioethicsが報告書を発表するなど,議論の対象が成人から小児・新生児に移りつつあること,(2)2004年のGlass事件判決において,欧州人権裁判所が,親に無断で子どもの治療の制限を行ったイギリスの病院当局に対して,欧州人権条約違反を認め,かつ判決中で,裁判所の判断を求めなかった病院当局の対応を非難したこと,(3)イギリスにおいては,医療の臨床で生じた倫理的問題を取り扱う機関として臨床倫理委員会が発展しつつあるものの,裁判所に代わりうる機能を備えた機関はいまだ出現していないこと,が挙げられる。