表題番号:2006A-108 日付:2008/10/29
研究課題アルコールのヒト体温調節機能への作用の解析
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) スポーツ科学学術院 教授 彼末 一之
研究成果概要
 アルコールは非常に身近な嗜好物だが、多くの生理作用を持つ。体温への作用もその一つで、アルコールを摂取すると「体温が低下」することは知られている。急性アルコール中毒時には体温の急激な低下がおき、特に厳冬期にはそのために死に至る危険性もある。しかし、アルコールの体温低下作用の正確な機序は明らかになっていない。一般にはアルコールの血管拡張作用によって、皮膚血管が拡張し熱放散が盛んになる結果、体温が低下すると考えられているが、我々の日常の経験ではアルコール摂取時には「暑く」なる。もしアルコールが末梢だけに作用して体温が下がり、体温調節中枢には変化がないなら、その体温低下を抑えるためにむしろ「寒く」感じるはずである。このことはアルコールが中枢に作用して体温の調節レベルを低下させることを示唆するものである。そこで本研究ではアルコールの暑熱下での自律性体温調節反応と温熱的感覚への作用を同時に検討した。
 健康な成人男性8名が実験に参加した。暑熱環境下におけるアルコール摂取(15%、3cc/kg wt.)による体温調節反応を調べた。実験条件は①環境温33℃-アルコール摂取(alcohol)、②環境温33℃-水摂取(control)の2条件で、30分のbaseline dataの測定後、アルコールあるいは水を摂取し、以後90分、各測定を行い、この2条件の結果を比較検討した。深部体温を経口式の体温測定用テレメータシステムを用いて測定し、皮膚温を熱電対にて全身8箇所で測定した。熱放散反応の指標として、胸部皮膚血流量、胸部発汗量を測定した。主観的温度感覚(暑い-寒い)は10cmの直線スケール上に被験者自身が記入する方法を用いた。
 深部体温はアルコール摂取後20分で、水を摂取した場合に比べ低下した(図1)。また、皮膚血流量はアルコール摂取後20分から、発汗量は10分から上昇し始めたが、水を摂取した場合には特に変化はみられなかった。このようにアルコールを摂取すると、自律性体温調節効果器の反応は体温を低下させるように働いている。一方、行動性体温調節を駆動させる要因となる主観的温度感覚はアルコールを摂取すると、摂取前よりも「暑い」側に移動した。以上のようにアルコール摂取は自律性・行動性体温調節どちらにも体温低下を誘発するように作用することが明らかになった。アルコール摂取による体温低下はアルコールの血管拡張作用がもたらす熱損失の増加による二次的なものではなく、アルコールの体温調節中枢への直接作用によって、すべての体温調節反応に影響する結果と考えられる。