表題番号:2006A-011 日付:2007/03/26
研究課題現代ドイツの公立劇場制度の原型としての宮廷=国民劇場の成立をめぐって
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 法学学術院 教授 丸本 隆
研究成果概要
ドイツには、演劇(オペラ/音楽劇等を含む舞台芸術)文化に対する公的パトロネージの長い歴史的伝統を踏まえた特有の演劇制度が確立されている。とりわけ州や市の全面的な財政支援を受けて運営される150もの劇場(専属劇団をともなう劇場=劇団組織)が全国に散らばり、豊かな演劇環境を形成するといった状況は日本とは大きく異なる点であり、世界的にもまれなケースといえる。ところがその実態については依然として知られることが少なく、研究の必要性は高い。
本研究者はこれまで10年以上にわたりこのテーマに取り組んできたが、特にここ数年間は、こうした制度の源流を求めるべく歴史に遡り、17/18世紀における王侯君主や市民層の劇場文化のパトロネージへの関与の実態の解明を目指す研究を進めてきた。その一環をなす2006年度の本研究においては、貴族と市民の力関係が複雑に絡み合いながら進展し、現在のドイツの演劇制度のあり方にも大きな影響を及ぼしている、18世紀演劇改革運動に焦点を定め、特にその運動の最大の帰結点に一つというべき国民劇場(宮廷=国民劇場)の成立にいたる経緯に関して、ハープスブルク帝国の首都ヴィーン、プロイセン王国の首都ベルリンという、ドイツ語圏の代表的な二都市の劇場文化を具体例に取り上げながら、その考察を行った。
 この研究の重要な前提として計画した資料収集に関しては、これまで欠けていた必須文献の何点かを購入し、また夏季のドイツ滞在時に、ベルリンの複数の図書館において、相当数の資料を収集することができた。それらの資料はデータベース化し、個人的なレベルでの解読を進めるとともに、早稲田大学演劇博物館21世紀COEプログラムにおいて事業推進担当者として主催する「オペラ/音楽劇の演劇学的アプローチ」プロジェクトでの恒常的な研究会を通じたチーム作業において大いに活用し、本研究の深化に役立てることができた。
さらにこれらの研究実績を反映させた具体的な成果も、本研究期間中にいくつか生み出されている。その一つは、学術フロンティア推進事業(演劇博物館「日欧・日亜比較演劇総合研究プロジェクト」)の一分科会である「日本のオペラ受容」研究会における月例の発表会などとも関連させつつ、日本の明治・大正期における演劇・オペラ文化の国家的支援の問題と取り組む中で試みた、演劇の公的支援についての日独比較考察であり、その成果の反映された、海外向け英文情報誌への二編の寄稿においては、日本が国家的レベルで西欧をモデルに演劇・オペラ文化を構築しようとしたものの、長らく確立しえなかった点に関する問題点を分析し、日本における演劇・オペラ文化支援の特徴を抉り出した(”Opera Culture in Japan: Is the Recent Boom Genuine?” , ”Opera Culture in Japan: Part 2. 1st Opera Performance in Japan & its Consequences” ‘Japan Spotlight’ (Japan Economic Foundation, 2007/01+03)。
 また先述のCOEプログラムの一つの事業として編集に携わった共編著『演劇学のキーワーズ』においては、7つの項目の執筆に関わったが、そのうち特に「演劇教育(ドイツにおける)」「演劇文化環境(日本における)」は、本研究との関連が深く、その考察をさらに深化させる上で大きな意義を帯びるものであった。
 本研究は大きく見ると、18世紀末から19世紀を経て、さらに20世紀前半(特に飛躍を遂げる1918年の「ドイツ革命」とヴァイマル共和国時代)へといたる400年近い歴史の流れの中で発展し定着し、現在なおも進化しつつあるドイツ特有の演劇制度の本質を総合的・多面的に把握する大掛かりな研究の一環として構想されており、今後、2006年度本研究を含むそれらの研究を集大成し、なんらかの形にまとめあげたいと思っている。