表題番号:2005B-130 日付:2006/02/19
研究課題券面廃止・口座登録有価証券の法的性質
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 商学学術院 助教授 柴崎 暁
研究成果概要
研究成果概要
 「社債・株式等の振替に関する法律」上の振替機関・口座管理機関の振替口座簿には、加入者、銘柄、銘柄毎の株式数、その数の増減・増減があった日付が記載され(振129Ⅲ)、振替株式の譲渡は、譲渡人の振替の申請により、譲受人の口座における保有欄に当該譲渡に係る増加の記載を受けなければその効力を生じない(振140)。また、振替株式の権利の帰属は振替口座簿の記録により定まる。加入者は口座簿に記載されることで権利推定(振143)を享受し、記載の資格証明力を介して善意取得も認められる(振144)。これらの規定を見る限り振替法の規定する「善意取得」も、動産・有価証券の即時取得・善意取得と同じ構造を持つものであるといえよう。
 善意取得制度は、真実の権利者が、真実の権利者でない他人に、あたかも権利者であるらしき外形を具備させることによって第三者に信頼を惹起した場合に、その信頼に従って関係人の権利義務が扱われることを受忍しなければならないことを意味するのであり、振替株式についても同様の信頼が保護されるべき実益がある。
 本研究では、この命題を確認するために、比較法研究の手法により、日本よりも先行して1981年に券面廃止法制を導入したフランス法における、口座簿登録有価証券についての民法典第2279条(即時取得)の適用可能性に関する議論を検討した。

 フランス民法典は、動産を有体動産と無体動産とに分類する。有体動産は日本民法でいうところの動産であり、無体動産は日本民法でいえば債権・社員権その他の権利で有体性を持たないものをいう。有価証券のうち無記名証券は物的な所持によって支配し得る権利であるため、有体動産として扱われ、指図証券・記名証券は無体動産として扱われるという。フランス法上の券面廃止法制は、口座簿登録強制主義であるため、一部の法定の例外(施行前発行の抽籖償還債等)を除き、すべての有価証券(valeurs mobilieres、具体的には株式・社債)は必ず口座簿に登録されることになる。
 MARTIN, ROBLOTらの学説「券面廃止=再物質化」説は、振替機関破綻時の名義人の返還請求権revendicationを定めた通貨金融法典L.431‐6条、口座簿の記載ecritureに権利推定の効力を認めた破毀院商事部判決1997年6月10日を挙げ、2279条の適用を肯定するが、口座簿自体を即ち所持の対象として登録有価証券を有体物と考えるこの構成には飛躍がある。LASSALASは、券面廃止口座簿登録有価証券に有体性を認めることはしないが、無体動産でありながらあたかも有体動産のように「占有」でき、占有者は権利推定を受けうるものと解し、第2279条に従った即時取得を肯定する。触知可能性prise tangibleを欠く対象でも、人がそれを所持・占有できる根拠として、LASSALASは、用役権が設定された有体物上の分解された部分demembrementの占有可能性を掲げる。この学説がおそらくは、理論上も実際上も無理のない解決であると考えられる。
 以上の検討から、口座簿登録有価証券については、口座簿上の記載が証券の占有に等しい法的機能を付与されていることを知った。従って、善意取得法理も、ア・プリオリには、券面廃止後の証券にも妥当することになる。しかし、券面廃止された有価証券は、特定性の喪失という特徴を有する。その結果、一定の場合には、従来の証券法理が妥当しない部分を持つであろう。例えば、Aが100保有する同一銘柄株式のうち50が偽造振替に由来するものであった場合に、同一銘柄の50の部分につきAから悪意で振替を受けたBとの関係で、偽造振替の被害者であるCが有する法律上の地位が何であるのか、といった問題である。今後の研究にゆだねたい。