表題番号:2005B-045 日付:2006/03/27
研究課題「移動スタイルとしての歩き遍路」と「歩く文化」に関する研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 教授 坂田 正顕
研究成果概要
 移動スタイルとしての「歩き遍路」に関する諸問題を探究するという本研究における課題にアプローチする方法のひとつは、歩き遍路を他の多様な移動手段による遍路行と比較することによりその特性を理解することである。これまでの遍路研究においては、もっぱら「車遍路」と「歩き遍路」の比較考証を中心に試みられてきたが、本年度の研究では、この両者の中間的位置を占めていると思われるロープウェー等による「索道系の移動スタイル」に着目してみた。「車遍路」が「歩き遍路」にたいして持つもっぱら対比的な意味とはまた別の移動に関する意味合いを導出することが期待されるからである。このきわめて変則的な遍路道ないし移動手段から「歩き遍路」を逆照射することを本年度の課題に設定した。
 このような問題意識のもとわれわれは「索道系遍路行」と「歩き遍路行」の関係についての現地調査に着手した。21番太龍寺、66番雲辺寺、別格霊場箸蔵寺の3カ寺に敷設された各ロープウェー、および85番八栗寺に敷設のケーブルカーの計4事業を一手に霊場空間において展開している「四国ケーブル(株)」の各地点事業に関する実態調査と、これら諸装置が「歩き遍路」にもつ意義等に関する事業者側へのヒアリング調査がそれである。もっぱら「歩き遍路」がその移動手段の正統性を主張している遍路空間において、なぜ索道系装置をあえて敷設するのか等の問題がここにはある。
 本調査により得られた調査結果の仔細については近刊の関連調査研究報告書に譲るが、なかでも重要な知見のひとつは、「歩き」にこだわる一群の遍路達に共有されている現代的諸価値の一部(たとえば、ポストモダンなエコロジカルな価値やスローライフ的価値など)は必ずしも「歩く」様式に固有のものではないという事実であった。これらの索道系移動手段もこれらの価値を共有しているのである。ケーブルカーは車とは異なり「自然に優しい」移動スタイルであり、「スローなリズム」は等身大的である。一部「歩き遍路」がさしたる抵抗もなくこれらを利用する所以であろう。索道は、他方でその利便性や補助動力性などにより、高齢者等の移動弱者を救済する点において車に類似のモダンな技術的価値をも併せ持つ。「遍路ころがし」の山岳札所は脚の不自由な者には修行不可能な霊場である。歩くスタイルのみでは完結しえない欠落部分を補う意味で救済手段を提供し、遍く人々に癒しの可能性を広げることで、索道系移動手段は、その歩きの正統性を変則的に継承し、存在の正当性を獲得しているのである。こうして、遍路空間においては「歩く文化」の延長として索道系遍路道が定義付けられていることが判明する。単なる観光装置ではないのである。