表題番号:2005A-836 日付:2006/03/25
研究課題幼児期から始める外国語教育の形態であるイマージョン教育での発音習得
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 教育・総合科学学術院 助教授 原田 哲男
研究成果概要
 最近幼児期から算数や理科等の学科目を外国語で教えるイマージョン教育が日本でも脚光を浴びるようになった。幼児期から外国語を始める理由に、児童が言語音声に対して大人より敏感であることが挙げられるが、5歳前後の早い時期から第二言語に触れても、明らかに外国語訛りが残るとされる研究結果もある。臨界期説は、目標言語が話されている国で、多くの言語のインプットがある場合で、インプットが限られているような外国語教育にそのまま当てはまるとは限らない。臨界期説の多くの研究は、自然な環境で言語を学ぶ場合で、イマージョン教育等の教室内で集中して学ぶ場合の音声習得は、明らかにされていない。目標言語に触れる量が多いイマージョン教育でも、自然な環境での言語習得と比べると、インプットの量やその質が異なるため、早期外国語教育の形態であるイマージョン教育に於いての外国語の音声習得過程を明らかにする必要がある。
 本研究はイマージョン教育に於ける発音習得の研究を行い、英語を母語とする児童は、音声的には日本語的な特徴を完全に習得することはできないが、母語である英語の類似音とは範疇的に区別し、日本語と英語の別の音声体系を構築できることを確認した。日本語イマージョンの児童が発話した日本語と英語の語頭の/p, t, k/のVoice Onset Time (VOT)と日本語の促音の持続時間を音響分析した。さらに、促音に関しては母語話者による発音評価テストを行った。
 VOTの習得に関しては、VOT の値が最も短いのが日本語母語話者の小学生、次に短いのが日本語イマージョンの教師(英語とのバイリンガル話者)、そして一番長いのが日本語イマージョンの児童であった。しかし、日本語イマージョンの児童は、英語と日本語の /p, t, k/ の特徴を確実に区別していて、しかもこの能力は既に1年生(学習時間1600時間)でほぼできあがっていた。また、イマージョンの児童の促音の閉鎖持続時間に関しては、促音と非促音が共に母語話者より長くなる傾向にあるため、その対立は必ずしも明瞭ではないが、音響的には促音と非促音の区別がなされていた。さらに、イマージョンの児童の促音の発音を日本語母語話者に評価しもらった結果、音響的には促音がある場合とない場合の区別ができているが、明らかに母語話者よりも評定が低く、母語話者が促音があるかないかを判定するのに困難を伴った場合もあった。さらに、学年間(1年生、3年生、5年生)に統計的に有意差がなく、幼稚園から5年生までの6年間の約4000時間を越えたインプットでも決して十分であるとは言えないようである。すなわち、音声的にまったく母語話者(monolingual speakers)と同じくなることはなく、Flege (2002) の完全なバイリンガルはいない(No perfect bilinguals)という説にも繋がる。しかしながら、早期学習や多量のインプットにより、母語と外国語の音声を少なくとも個人の音声体系の中で区別できるようになる可能性があるのは、早期言語教育の大きな貢献であろう。
 現在,英語イマージョン教育に於ける日本語を母語とする児童の発音データーとイマージョン教育の幼稚園・小学校を卒業して大学に進学した学生がどの程度イマージョンプログラムで習得した音声が維持できているかのデーターも分析中である。