表題番号:2004B-878 日付:2005/03/12
研究課題相互拡散(cross-diffusion)を伴う反応拡散方程式の解構造に対する研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 理工学術院 助手 久藤 衡介
研究成果概要
反応拡散方程式は、非線型解析学において研究が活発な分野のひとつです。特に
「相互拡散(cross diffusion)」と呼ばれる非線型項を伴う反応拡散方程式系は、
偏微分方程式論における従来の手法が直接的には通用しないケースが多く、更なる
理論研究が待たれる状況にあります。私は、博士課程在籍時より「相互拡散を伴う
反応拡散方程式」の研究に従事しています。今年度(2004年度)においては、数理生
態学のモデルに現れる反応拡散方程式系 (P);
Ut=△[(1+αV)U]+U(a-U-cV) in Ω×(0,T),
Vt=μ△V+△[V/(1+βU)]+V(b+dU-V) in Ω×(0,T)
の研究に力を注ぎました。方程式系(P)は、有界領域Ωの中に棲息する「食う食わ
れるの関係」にある生物の個体数密度の時空的な変化を記述し、未知関数U=U(x,t)
とV=V(x,t)はそれぞれ被食生物(prey)と捕食生物(predator)の場所x,時刻tにおけ
る個体数密度を表します。第一式の相互拡散α△(UV)は、predator の個体数密度
の高い地域で prey の空間的拡散が促進される状況を記述します。一方、第二式の
非線型拡散△[V/(1+βU)] は prey の個体数密度が高い地域では predator の空間
的拡散が鈍化する状況を記述します。これらの様な「非線型拡散」に対する解析理
論は、国内外で模索中の段階にあり、(P)についても多くの未解決問題が残されて
います。中でも、(P)の時間的定常解(Ut=Vt=0を満たす解)を求めることは重要な問
題です。正値定常解に対する解析は、数理生態学的な「共存定常状態」のみならず、
非定常解のもつ時空的ダイナミクスの抽出にも役立ちます。
 私は、ディレクレ境界条件の下で定常問題に取り組み「正値定常解が存在する十
分条件」を係数パラメーターに与えました。この結果は、正値定常解がなす集合の
大域的分岐構造を明らかにしています。例えば、preyの増殖率 a を分岐パラメー
ターとしたとき、ある分岐点Aを境にして a>A なら正値定常解が存在することが
証明されました。また、非線型拡散(α,β)と正値定常解の関係も見出され、概し
て「αが大きいと正値定常解が存在しにくくなり、βが大きいと正値定常解が存在
しやすくなる」ことが判明しました。上記の全ての結果は、門田智仁氏(昨年度修
士修了)との共同研究に改良を重ねて得られたものであり、2004年9月に開催された
日本数学会秋季総合分科会(於 北海道大学)の一般講演において口頭発表しました。
さらに、論文としても完成済みであり、近く非線型解析の学術雑誌に投稿する予定
です。
(P)の定常解集合を解析する上で、分数型相互拡散βと分岐構造の関係を解明する
ことに興味がもたれます。そこで私は、前段の研究と併行して、「βが大きいケー
ス」の(P)に対する解析を集中的に取り組みました。このケースでは「(P)でβを無
限大に発散させた極限系」からの摂動が有効であることを発見し、正値定常解集合
のなす大域分岐構造を詳細に抽出しました。ここで得られた分岐構造により、正値
定常解の U 成分は、ある閾値 A’(>A)を境にして急激に増加することが分かりま
した。概して、大きい分数型相互拡散βの非線型効果により、正値定常解集合のな
す分岐枝は、a=A’付近で「曲がる」ことが判明した訳です。ここまでの研究結果
は、2004年10月に京都大学RIMSで開催された研究集会「反応拡散系に現れる時・空
間パタ-ンのメカニズム」において発表しました。なお、この見地からの(P)の解
析には、まだまだ進展の余地があり、現在も精力的に継続しております。