表題番号:2004B-834 日付:2005/02/25
研究課題『源氏物語』の研究―『紫式部日記』『紫式部集』を基礎資料として―
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 教育・総合科学学術院 助教授 福家 俊幸
研究成果概要
『源氏物語』研究は、成立・構想論から、構造・表現論へと展開していくことで、この物語の尽きせぬ魅力を多角的にテクストの中から掬い上げてきたことは紛れもない事実である。その一方で、そこで論じられているものが作品への無批判な追随であり、作品へ自閉することに過ぎないのだという批判がなされるにいたったのも、確かに首肯しうる道程であったといえよう。『源氏物語』を同時代の、あるいは同時代の枠を超えた文化状況や言語状況の中で、相対的に捉える必要性があり、その点から、なお『紫式部日記』や『紫式部集』の果たすべき役割には重いものがあると考えられるのである。そこには、同一作者という問題だけに還元できないものが存在していよう。
 従来、『紫式部日記』や『紫式部集』は『源氏物語』の成立を考える上での重要な資料とされてきた。やがて成立論の有効性に疑問がもたれるようになったときに、この三つの作品を関連付けて考えることは実質少なくなっていったのである。しかし、たとえば『紫式部日記』には『源氏物語』を踏まえた表現が存在するし、実際直接言及もしている。その意味では、『紫式部日記』は『源氏物語』と共通の文化圏にある作品であるともいえるのである。このような『源氏物語』文化圏にある作品として、主家の歴史的事件を扱った記録が書かれたという意味は重いであろう。それは『源氏物語』を歴史テクストとして読ませる方向を開示するであり、『栄花物語』の先蹤としての『紫式部日記』の位置を文学史の上に構想しうるのではないだろうか。また、『源氏物語』『紫式部日記』『紫式部集』はそれぞれがお互いを高めあい、補完しあう存在なのではないだろうか。ここには歴史や人生を物語化しようという情動が認められよう。
 このようなことを証明しようと資料収集と考察を進めたのである。