表題番号:2004A-392 日付:2005/02/23
研究課題ドイツ語における「性差別のない表現」の研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 国際教養学術院 教授 岡村 三郎
研究成果概要
 ドイツ語圏では、80年代以降「性差別のない表現」を使おうとする傾向が強くなり、そのもっとも顕著な例は男性名詞によって男女両性を示すいわゆる「総称男性名詞」を撤廃しようという動きである。この動きは具体的にはいくつかの改革案を含むが、私は総称男性名詞の代わりに「総称女性名詞」を使おうという動きに注目し、これまでスイスのWaedenswilという町の具体的な事例を研究してきた。Waedenswil市議会で総称女性名詞が議決された過程を調べ、総称女性名詞は必ずしもフェミニストのイニシアチヴによって成立したとはいえないことを検証した。
 この研究では研究領域を(「性差別のない表現」を使おうとする傾向がスイスほど強くはない)ドイツへと拡大し、似たような事例として北ドイツの市EutinのGemeindeordnung(自治体憲章)を取り上げた。この町では1998年に自治体憲章に「総称女性名詞」が取り入れられ発効したが、数ヶ月後には女性名詞と男性名詞を併記する「並列形」へと変えられた。市議会の議事録、当時の新聞等を詳細に点検することにより、議会で圧倒的多数を占める男性議員たちは、使用が煩瑣になる並列形をいやがって、総称形を使いたがったということ、総称形としては総称女性名詞でも総称男性名詞でもどちらでよかったこと、そして女性へのサービスとして総称女性名詞を選んだということも明らかにすることができた。ここでも総称女性名詞はフェミニストのイニシアチヴによって成立したわけではなかった。さらに総称女性名詞は、実際の使用において男性職員を女性形で呼ぶというケースが大多数であり、それは必ずしも「総称」としては理解されず、むしろ不自然と受け取られ、結局「並列形」に変えられたということも明らかにした。
 この研究により、スイスのWaedenswilそしてドイツのEutin両市における総称女性名詞の使用の提案が非常に似た背景を持つことが確かめられた。さらに両市において、マスコミが総称女性名詞の使用はフェミニズムの勝利だと一方的に即断した点も共通であった。一般に「性差別のない表現」の使用は、全てフェミニズムによって引き起こされたと思われがちであるが、この研究はそれ以外の要因もあることを示すことができた。