表題番号:2004A-260 日付:2009/05/14
研究課題イギリスにおける公務労使関係制度の変容と「国王大権」
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 社会科学総合学術院 教授 清水 敏
研究成果概要
イギリスの公務部門において80年代以降労使交渉システムに大きな改編がなされた。周知のように、70年代までは、ホイットレー協議会という、1919年に設けられたシステムが、いわば中央集権的に勤務条件を決定してきた。しかし、このシステムは、サッチャー政権の下で、根本的な見直しを余儀なくされた。
 本研究の課題の一つは、このような改編にあたって果たした法の役割を考察することにある。結論としては、法はこの交渉システムの改編に関して、直接的には何の役割を演じなかった。政府は、従来の労使合意または慣行を一方的に破棄することによって改編を実現した。もっとも、そもそも従来のホイットレー協議会の設置自体についても何らの法的裏づけもなかった。したがって、イギリスにおける公務部門の交渉システムは、歴史的に何の法的根拠なしに設けられ、そして改編されたことになる。
 では、かかる「非法律主義」の特色は、いかなる理論的背景に由来するか、これが第二の課題である。この背景の一つには、今日でもかつての「国王大権」の影響があると思われる。すなわち、現在のCivil Servantは、かつては国王の私的Servantであったが、かかる存在ゆえに、議会の統制の対象から除かれてきた。国王の勤務関係も、契約関係として把握されてきた。もちろん、現在では勤務条件等に対する管理権限は実質的に首相に移されているが、契約関係に変更はなく、勤務条件等に対する議会の統制についても抑制的である。1990年代からイギリスにおいても、国家公務員法を制定すべきだとする見解が強まったが、結果として、今日まで実現されていない。これも、抑制的伝統が影響を及ぼしている。
 この考察結果は、公務員の勤務条件について国会が法令と予算の両面で厳格に統制しているわが国と対照的であり、わが国の公務員制度を検討する際にきわめて示唆的である。