表題番号:2004A-201 日付:2009/05/15
研究課題日本語の疑問文構造:「ます」と「か」の再考察
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 国際教養学術院 助教授 生井 健一
研究成果概要
Chomsky (1995)では、疑問文一般を引き起こす統語要素を単一の"Q"として説明しているが、これは、英語においては、Sub-Aux Inversionのみが表層で観察される真偽疑問文と、疑問語の移動のみが観察される従属疑問節の派生にのみ有効な説明である。その両方が同時に起こる疑問語直接疑問文になると、単一のQを使った分析は明らかに破綻してしまう。調査の結果、この問題は「基本的に疑問語が現れる節が疑問節」という定義に基づいていて、この考えはBaker (1970)にまで遡る。最近ではJayaseelan (2001)が、マラヤーラム語の研究を通し、関係節などとの構造上の完全一致から、疑問節が実際に疑問文として扱われるか否かは、言語使用の問題であり、統語論の関与するところではないとした。しかし、これでは、英語におけるSub-Aux Inversionという統語現象の説明が一切出来ない。そこで、この現象を引き起こす要因と疑問語移動の要因をはっきり分ける必要性を再確認し、それが目に見える形で現れる言語例として日本語を分析してみた。wh-in-situ言語と言われる日本語では、疑問語の表層移動が見られない代わりに、「か」が現れ、それが疑問語の作用域を示す。Kuno (1973)などは、「か」を疑問詞と定義し、それがつくだけで疑問文が構成されるとしたが、Takubo (1985)が指摘するように、これは特に疑問語疑問文において的を射ていない。というのも、直接疑問文として機能する疑問語疑問文は、必ず「ます」が必要になるからである。「ます」は助動詞的要素であるから、動詞素性が弱いとされる英語において、疑問文構成の際にdo-supportが観察されるのと同じように、日本語の動詞素性も弱いと仮定すれば(実際、多くの文献でこの指摘がなされている)、「ます」の挿入をdo-supportの日本語版として確立できる。つまり、ここで観察される「ます」の挿入は、英語のSub-Aux Inversionに相当するものと分析するのである。こうすると、直接疑問文構成に必要なのは、英語のSub-Aux Inversion、日本語の「ます挿入」であり、疑問語の移動や「か」の存在を要求するものではない、ということが普遍文法の観点からも言えるようになる。つまり、単一のQ分析ではなく、古くはKatz and Postal (1964)が唱えたQとwh分析が正しい疑問文分析であるということである。