表題番号:2004A-123 日付:2005/11/20
研究課題公営保険と民営保険における障害等級と労働能力喪失率
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 商学学術院 助教授 李 洪茂
研究成果概要
自動車損害賠償責任保険の支払基準における障害等級別の労働能力喪失率は、1960年7月2日の労働基準局長の通牒(基発551号)が、自動車損害賠償責任法に引用されたものである。この労働能力喪失率は、科学的な根拠によるものではなく、労働者災害補償保険で、労災事故が第三者の行為による場合に給付を調整するため、労働災害に対する障害補償額と後遺障害等級との関係を援用して作られたものに過ぎない。従って、自動車損害賠償責任法で定められた労働能力喪失率は、その算出根拠が必ずしも明確ではない。また、身体障害の程度は、後遺障害等級表にあてはめて決定されるが、この後遺障害等級表においては障害者の年齢・職種・聞き腕・経験等の職業能力的諸条件が障害を決定する要素としては考慮されていない。その結果、ピアニストの小指と事務職の小指の喪失は、その喪失の意味が全く異なるにも関わらず、同一の障害等級に格付けられることになる。

さらに、労働者災害補償保険における労働能力喪失率は、給付額を算定するためのものではなく、民事の損害賠償金と給付の調整のためであるが、自動車損害賠償責任保険における後遺障害に対する逸失利益は、将来の収入(稼得能力)の喪失に対する金銭的な評価を行い、その金額を算定するためである。従って、労働者災害補償保険における労働能力喪失率を自動車損害賠償責任保険に適用することには限界がある。

この障害等級と労働能力喪失率の問題は、民事の損害賠償責任、労働者災害補償保険、自動車損害賠償責任保険、公的年金、国家賠償制度などによる補償額又は給付額の調整に関する大きな問題でもある。しかし、これらの各制度を横断する研究は、これまでに殆ど行われていない。従って、障害者に対する保障(補償)を一元的に行うためにも、障害等級と労働能力喪失率の関係を理論的に究明する必要がある。