表題番号:2003C-007 日付:2005/03/14
研究課題失書の書字運動特性を基礎とした言語病理学的診断基準の理論的研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 教授 福澤 一吉
(連携研究者) University of California, Riverside 助教授 Tom Stahovich
研究成果概要
神経心理学的症状として知られる書字障害(失書)を類型化する場合、従来より失書患者の文字の形態的誤り分析および意味的誤り分析結果を基に行ってきた。しかしながら、これらの分析は一旦書かれた後の文字についての分析であり、文字が書かれる間に出現していると思われるキネマティックな特徴が分析対象に一切含まれていない。換言するなら、書字運動における運動学的側面が失書の類型化に生かされていないことになる。そこで、本研究では臨床場面で簡単に使用できるタブレットを用いて書字運動を実測し、書字運動にともなうキネマティックな特徴を探った。本研究の最終的目的はその結果を従来の形態学的、言語学的特徴とあわせることにより書字障害の新たな臨床像をつかみ、失書のリハビリテーションプログラムを開発することである。【方法】頭頂葉損傷患者、小脳損傷患者、および健常者を対象に書字運動をタブレット(Wacom Cintiq c-1500)を用いて以下の3点を実測した。①ペン先のXY軸上の位置。②筆圧。③XY軸上のペン先の速度、加速度。実測に用いられたのは漢字、かな、簡単な図形であり、書く際に、それらの大きさと書字速度を変えるようそのつど教示した。書かれた文字、図形はパソコンに取り込み、上記①から③についての解析を行った。今回はその内の筆圧についての分析結果を提示する。【結果】健常者の筆圧はストロークの開始時点では弱く、次第に強くなり、ストロークの終点で最小となった。小脳損傷例の筆圧はストローク開始時から強く、ストロークの終点付近でも強さが持続した。頭頂葉損傷例の筆圧は変動が激しく、その分散はストローク開始時でより大きくなった。【考察】健常者ではスティフネス制御において筋肉を次第に固くし、終点付近で柔らかくしており、到達運動の制御と同様フィードフォワード制御していることが示唆された。筆圧においても最適解があることが示唆される。一方、頭頂葉損傷例では手先の力のフィードバック制御が破綻している可能性が示唆される。小脳損傷例では筆記具などの内部モデルの破綻が示唆される。フィードフォワード制御が使用できず、そのため,ゲインの高いフィードバックで手先筆圧を制御していると仮定できる。筆圧とペン先の加速度を書字運動の指標とし、これらの知見と従来の書字障害の形態学的、言語学的分析方法を総合的に考慮することにより、書字障害のより統括的な理解が可能になると考えられる。