表題番号:2003A-937 日付:2005/03/02
研究課題The Sporting Magazine(1792~1870)に関する研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) スポーツ科学部 専任講師 石井 昌幸
研究成果概要
従来のイギリス・スポーツ史が描く「近代スポーツ成立史」は、次のようなものであった。すなわち、それまでジェントルマンによって担われていた狩猟を中心とする地主的スポーツが、19世紀において産業革命の担い手となったブルジョワジーによって、競技的な「ブルジョワ・スポーツ」へと変えられていったというものである。本研究は、こうした「近代スポーツ成立史」を再検討する研究の一部を成すものである。さしあたり、特に19世紀はじめの状況を中心に、この歴史像を検証した。史料として使用したThe Sporting Magazineにおいては、少なくとも19世紀前半までには、スポーツ界におけるブルジョワのヘゲモニー奪取の痕跡はほとんど見られないし、「ブルジョワ・スポーツ」成立の萌芽もほとんど看守できない。むしろ、当初(18世紀末)は宮廷ゴシップや演劇などに関する記事がほとんどであったThe Sporting Magazineは、19世紀に入って、狩猟スポーツたる狐狩りのレポートを売り物にするように転換するのである。その際、「ニムロッド」を筆名とするジェイムズ・アパリの狩猟リポートが、その後の雑誌の方向性を規定していくわけであるが、そこに登場するブルジョワの姿は、自ら「ブルジョワ・スポーツ」という新たな階級文化を創造していく主体というよりは、狐狩りというジェントルマン文化を懸命に模倣しようとする、頼りなげな「擬似ジェントルマン」である。本研究の結果は、少なくとも、19世紀前半のイギリス・スポーツにおいては、依然としてジェントルマン文化の強固なヘゲモニーは揺らいではいなかったのではないか、との歴史像を示唆するものであった。